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文字数 2,413文字

いっそスマホを破壊して買い直したらどうかしら?

委員長の内藤イズミが影浦サクトと煌咲ココナに提案する。


そろそろ梅雨も明けようかという昼下がり。

三人は人気のない旧校舎の空き教室に集まっていた。

放課後は溜まり場になることもあるが、限られた昼休みにわざわざ離れの旧校舎を利用する生徒は滅多に居ない。

各々の昼食をつつきながらここに集まるようになったのは委員長の提案だった。

またそれかよ……。

嫌なら委員長は無理に参加しなくていいって言ってるだろ。

委員長が新しく仲間に加わり、彼女は勇者アプリから逃れる術を提案するようになった。

普通の人間の普通の反応だ。

しかしサクトにとってはいい迷惑だった。

だって人の命がかかっているのよ?

こんな馬鹿げたデスゲーム、即刻終わらせるべきだわ!

じゃあ委員長だけ試してくれ。

それで結局逃れることが出来ず、アプリの機能を使えなくなっただけになっても知らないぞ。


ただバッテリー切れててもクエスト中は使えるし、スマホの買い替えのことだって女神様は考えてるだろ。

そもそもこのアプリはスマホの中に入ってるようで、データとしてはどこにも存在してないからな?


無駄だと思うぜ。

そうかもしれないけど……影浦くんみたいに遊び間隔で続けるなんて狂ってる。


煌咲さんはどう思ってるの?

え?


やっぱり友達と一緒に食べるご飯はおいしいなって……

サクトと委員長が険悪な雰囲気の中、ココナだけが一人ニコニコと幸せそうにしていた。

ま、こういうことだ。


こいつは迷惑かけまいと人を遠ざけようとしながら、本当は寂しがり屋だから一緒に居られたら何でもいいんだよ。

またそういうトゲのある言い方を……!

ほんと、最低……!!

喧嘩するほど仲良くてちょっと羨ましいな。

回避方法を考えるのは勝手だが、今すぐ解決出来る問題じゃないんだ。

少なくとも強制エンカウント時に困らないようにトレーニングしておかないと。


そろそろ覚悟は出来たか?

委員長の戦闘経験はまだあの一回きりだった。

自ら死地に赴くには心の準備が出来ていない。

彼女は気を強く持とうとしているが、本質は極度のビビリなので身体の方が動かないのだ。

簡単なクエストで慣らしていこうというサクトの提案もまだ受け入れられずにいる。

簡単そうに見えて実は……ってこと、あり得なくはないでしょ?

まぁ俺の初回クエストの相手、初見殺しで結構ヤバかったからな。

気休めを言っても仕方ないからハッキリ言ってやろう。


あり得る。

あ、貴方達よく平気で続けられるわね!


煌咲さんは勇者だから逃げられないのよ!?

クエストが始まっても逃げるという選択肢は存在する。

しかし勇者だけはそれが認められず、勝つか負けるかしかない。

だからこそ委員長もデスゲームを回避する方向に必死なのだ。

私はただ、それで誰かの願いが叶うのならそれでいいと思ってるよ。

……本物の天使なの?


私は……自分の身勝手な願いに誰かの命がかかってたなんて思いたくないわ。

この話は平行線を辿りそうだ。

サクトにとってはぶっちゃけどうでもいいことなので、仕方なく奥の手を使うことにした。

本当は何かあった時のために使いたくはなかったんだが……チュートリアルモードというものがある。
何それ?

本来はスカウトした仲間が基本システムを理解するため、一人につき1回、30分だけ時間が止まった世界で練習出来るモードだ。

モンスターは出現しない。


ただし使えるのは勇者と一緒に居る時だけだ。

そんなのがあるなら早く言ってよ。
そんなのあったんだ。

いや、ココナは知っとけよ……。


クエスト初日に女神様が言ってたシステムである。

任意で発動出来るがクエストと違って他のパーティーのプレイヤーは参加出来ない。

例のもう一人の勇者の特定に使えるかと思ったが、無理そうなので別の目的のために温存しておくことにしたのだ。


別の目的とは戦闘訓練ではなく、任意で時間を止められることによって発生するリアルのメリットのためだ。

それこそカンニングだってやりたい放題。

そんなことに使うつもりはないが、きっと何かの機会に使いたくなることがあるかもしれない。

…………。


悪いけどちょっと考えさせて。

少し考えた後、保留の意思を伝える委員長。

もしかしたらサクトと同じことを考えたのかもしれない。

強要はしない。

ただ戦う気がないなら邪魔だから、エンカウントしたら『逃げる』という選択肢も考えてくれよ。

いちいち引っかかる言い方しか出来ないの?

逃げる気なんてないわ。

サクトくんは不器用だから素直じゃないだけ。

サクトくんなりに逃げやすいように突き放してるんじゃないかなぁ。


やっぱり意見をまとめるのはリーダーの私の役目だよね。

ここはひとつ間を取って……

そうだ、放課後みんなで買い物に行かない?
はぁ?
唐突ね。
ココナの中では親睦を深めるための提案なのだが、二人には伝わっていないようだ。

えっと……私一人暮らししてて、そろそろ日用品とか色々買い足さなきゃいけなくて、冷蔵庫も空っぽだし、しっかりきっちりしてる人の意見も聞きたくて、力持ちの人も欲しくて、せっかくだから琴吹市の量販店に行きたくて、ついでに家も案内したら勇者部も出来るし……

言いたいことはなんとなく分かったが落ち着け。


ってか、一人暮らししてるなんて初耳だぞ。

あれ? 言ってなかったっけ?
じゃあこのお弁当も煌咲さんが?

うん。

お母さんみたいに上手くないけど……

凄いのね、煌咲さん。

私料理なんて全然出来ないから……。

委員長は料理下手そうだよな。
……どういう意味よ?

サクトも委員長も両親はどうしたと気にはなったが、お互い突っ込まないように話題を逸らした。

色々と複雑な家庭なんだろう。

それを察してか、ココナの唐突な提案に乗ってあげることにした。

普段行かないとこだとエンカウントする可能性がある。

市街戦も想定すると実際に現場を見てイメージしといた方がいいだろうな。

どれだけゲーム脳なのよ。

お掃除道具のことなら任せて!

ありがと、二人とも!
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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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