8-5

文字数 3,852文字

真夜中の駅前公園にはカップルの大学生グループらしき集団が居た。

それを眺めながら一人ブランコに座っているココナ。

その視界の片隅に、温かい缶紅茶が差し出される。

湯冷めして風邪をひかれても困るしな。

多少蒸し暑い夜だがホットでも良かったか?

ううん、いいよ。

ありがと、サクト君。

隣のブランコに腰掛け、二人はしばらく無言でドリンクをすすった。

サクト君がこんな風に誘ってくるなんて、やっぱりこの前のクエストが原因だよね?


ごめんね、変な事言っちゃって。

私ビッチでドスケベだから、深い意味はないの。

魔物に操られていたとは言え、告白したようなもの。

アハハーと薄ら笑いを浮かべてココナは誤魔化そうとした。

お前は最初から何も変わってなかったって言っただろ。

そう、最初から……。


お前は変わってるつもりかもしれんが、ずっと天然を装って誤魔化してきたズルい奴だ。

何かを隠すためにな。

そしてそれは俺が絡んでる事なんだろ?

何の事なのか、私バカだから分かんない……。

ココナ、チュートリアルモード起動してくれ。

1回だけ30分時間を止められる、仲間一人一人に与えられた練習モードだ。

俺のチュートリアルを今、ここで使う。

…………。

あいつらが来る前に。

……分かった。

世界が一瞬暗転し、時間が凍結する。



爆音の魔術師、サクトのチュートリアルモードを開始します。



女神様の声でシステムメッセージが響いた。

これで俺達以外は誰も盗み聞きする事は出来ない。

ここで何をしても俺達の記憶しか残らない。

たった一度しか使えない、お前と俺だけの貴重な時間だ。

それを俺はお前と話し合うためだけに使おうと思う。


お前は俺に何をしてもらいたい?

突然そんな事言われても……。

何でも自由、すべてなかった事にできる、永遠に二人だけの秘密だ。


そうだな……、例えば二人でエッチするとか……。

反射的に体が動いていた。

普段のココナからは想像がつかないほどの瞬発力で。

頬をさするサクトの前のココナは仁王立ちで、その瞳から少し遅れて涙が溢れ出した。

これでハッキリしたな。

ようやくお前の本心が分かってスッキリしたわ。

あ、ごめ……私……


こんなのって……ズルいよ……酷いよっ!!

その場で泣き崩れるココナ。

違う! 違うの!


サクト君は私の命の恩人で、私のせいで不幸になった人で、私が勇者になるために背中を押してくれた人で、だから、だから……!


私はサクト君に恩返ししなきゃいけないのっ!!

やっぱり俺達はアプリで知り合う以前に会ったことがあって、俺はお前のために何かしたんだな。

その事が今のココナを支えてたのに、俺はお前の事を忘れていた。

泣きながら頷くココナ。
それは勇者になる前後ではなく、相当昔のことなのか?
頷く。
それは俺にとって思い出さない方がいい事なのか?
頷く。
ココナにとっても思い出して欲しくない事なのか?

頷……かなかったが、否定もしなかった。

じゃあ言わなくていい。

教えられて後悔するより、自己責任で後悔したいし。


お前は悪意で嘘をついたり隠す人間じゃないのは分かってる。

それが誰のためだったのか、確認しておきたかっただけだ。

言いながら頭をポンポンと撫でるサクト。

妹をあやしていた時のやり方が合っているのか分からないが、他にどうしていいか分からない。

悪かったな。

分の悪い賭けだったが、こうでもしないとお前は本心を言ってくれないからな。


……サンキュー。

……ぐすっ。


嫌いになった?

それは俺のセリフだろ。

お前さえ良ければ友達のままで居られる。

……秘密の花園だよ。

秘密の花園?

何の話だ?

……何でもない。

袖で鼻かんでいいぞ。

どうせなかった事になるし。

ありがどぉぉぉぉ。

ずびぃぃぃ。

全く躊躇しなかった。


ただ抱き着くような形になり、サクトは今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。

(マジでチュートリアル使って良かったな……。)

さて、あっさり白状してくれたので時間的に余裕が出来た。

せっかくなのでサクトはもう一つの話を進めることにした。

本心を吐き出した事でスッキリしただろ?

だからもう俺の顔色は窺わなくていい。

そもそも俺は覚えてないんだから恩義を感じる必要もない。

仲間として、友達として接してくれ。


ココナは魔王アプリの存在を知っているか?

…………。

無言。どう反応していいか迷ってるようだ。

知らなければ即、答えが帰って来ていただろう。


それはつまり、いつも通り嘘で誤魔化すか。

今のこのタイミングでそれをやっていいのかという迷いだ。


肯定と考えて間違いない。

知ってたのかよ……。

お前、とんでもない策士だったんだな。

そういうものがあるって聞いただけ……。


ホントかウソかまでは分かんない。

どこで聞いたんだ?
病院……。
もしかして病院が安全だという事も知ってて……。

それは偶然だと思ってた。

サクト君と会うまで、学校の外でエンカウントした事なかったからそういうものだと……。


でもサクト君も知ってるって事は、本当にあるんだね。

誰から聞いたんだ?
サクト君は?

喫茶店の勇者の集い情報だよ。


ココナは……皆川ミナコって言う女子大生だろ?

誰それ?

彼女も勇者の集いのメンバーだよ。

あの日会えなかった大学生グループの勇者だ。
……魔王。

……は?


今、なんつった?

その人は魔王って名乗った。


何処の誰かは知らない。

男の人だったよ。

いつだ!?

そいつは今も病院に出入りしてるのか!?

ココナの両肩を掴み、激しく尋問するサクト。

ココナの頭が激しく揺れる。

目が回るよぉぉぉ。

勇者になってすぐ、サクト君が仲間になる前だよぉぉぉ。

それから一度も見たことないよぉぉぉ。

もう一度見たら分かるか?

た、多分……。

凄く怖い感じの優しいイケメンだったから……。

なんだそれ。

だがこんな近くに貴重な情報源が居るとは思いもしなかった。

ああ、でも……あの時言われたのはどういう意味だったのかなぁ。


勇者は魔王の敵だ、もう二度と会わない方がいいって……。

プレイヤーの死はクエストの失敗によって現実に実装される。

それはクエストを作っている魔王によって殺されてきた事を意味する。

勇者アプリは実は対戦ゲーム仕様だったのだ。


つまり魔王は勇者の敵である。

裏を返せば勇者は魔王の敵である。


何も間違ってはいない……のか?

何となく引っ掛かる言い方なのは気のせいだろうか?


魔王も勇者同様、複数存在する。

色んな考えがあってもおかしくはない。

もちろんココナの記憶違いという可能性もある。

サクト君は……その人に会いたいの?
正直言えば会いたい。


――が、俺は一対一で会いたい。

少なくとも委員長や乙森には会わせたくない。

その理由を魔王アプリの仕組みも踏まえて、知っている情報をココナに全て話した。

もちろん勇者の集いが行っている不正、RMT(リアルマネートレード)についても。

これは俺とお前だけの秘密だ。

この件は絶対他の奴に教えるな。

勇者の集いのメンバーに訊かれてもシラを切れ。


理由はお前が嘘をつく理由と同じ。分かるな?

わ、分かった……。
それを踏まえた上で訊く。


お前はどっちの側につきたい?

アプリを壊そうとする側、利用しようとする側、両者は相容れない関係にある。
うーん、どっちも?

何となくそう言うんじゃないかと思った。


あっちはあっち、こっちはこっち。

第三の中立陣営としてやっていきたいってこったろ?

うん、そんな感じ。

そもそもココナは勇者アプリの運営システムに介入しようという気はさらさらなかったのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

ただ人助けをしたかっただけ。

シンプルな理由だ。


ゲーム感覚で遊んでいるサクトにとってはどちらかと言えば利用する側だが、金儲けがしたいわけではない。

ゲームは最終的にエンディングを目指してクリアするもの、それが彼のポリシーだ。


学生という立場だから言える事で、今後変わっていく可能性もある。

それにココナのグランドクエストも分かっていない。


少なくとも今はまだ、結論を出す段階ではないだろう。

だったら俺もどちらでもなく、ココナ陣営につく。
サクト君……。

さて、そろそろ時間か。


お節介連中が気付いたみたいだからな。

上手く口裏合わせろよ?

アプリの仲間マーカーを示すサクト。

これを見れば仲間達の現在位置は一目瞭然。

こっそり二人の様子を見ようと後を付けられていたのだ。

(サクト君はあの人に会いたがってる……。


あれから一度も会ってないのは事実だけど、その前にも会ってるんだよ。

サクト君もね。

そして、私よりその人のことを知ってる感じだったよ。


でもそれはサクト君にとってとても辛い……忘れてしまった過去の1ページ……。

そしてサクト君は私の事を……。)

涙跡を拭い、笑顔を取り繕おうとするココナ。
どうせもう巻き戻るんだから、今更そんな事しても意味ねぇよ。

あのね、サクト君。

私はずっとお礼をしたかったの。

どうせ巻き戻るんだし、いいよね?

何が?
サクト君の将来のために、キスの練習台とか。
は?

腕をサクトの背に回し、ココナの顔が迫る。

お互いの時間がゆっくり感じる。

心臓の鼓動の速さと時間の流れの速さは反比例の関係にあるのだろうか。


触れるか触れないかの瞬間―――

ずっと好きでした。
止まっていた世界が時を刻み始める。
…………。

二人だけの秘密だよ。

だからいつか、本番で使う時のために役立てて。

ブランコから立ち上がり、イズミとカナセを見つけたココナが駆け寄っていく。

すぐさま隠れようとした二人だったがすぐに観念し、雑談を交わし始めた。

ただ一人、サクトだけが取り残され茫然としている。

(これが最後のワガママ。


さよなら、私が生涯愛した人……。)

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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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