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文字数 4,824文字

触手はもういやぁ!
ナマコから触手が生えたようなモンスター、ローパーが勇者(見た目は魔法少女)を追う。
あまり素早くはないのだが、昼休みということもあり障害物と化した生徒の間を縫って逃げるのはいささか骨が折れる。
どんくさい勇者と違い、ローパーは軽快なフットワーク(?)で廊下を這い回り距離を詰めていく。
ぶにゃっ!?

足がもつれてすっ転ぶ勇者。
公衆の面前でパンツ丸出しである。


しかしその姿に注目する生徒は誰一人として居ない。
なぜなら今この世界で動けるのは勇者アプリに参加しているプレイヤーとモンスターだけだから。


ローパーの魔の触手が迫る。

準備出来てるぞ!
さっさと神風使え!
開け放たれた扉の向こう側から男の声が響く。
声の主の黒ずくめの魔法使いは、昼休みで人気のない体育館に待機していた。
……ヘブンズゲート発動! 
ゴッドブレス!

コマンドを詠唱し、勇者のステッキから突風が巻き起こる。
コントロール可能な竜巻は、迫るモンスターを軽々と巻き上げ体育館の中へ吹き飛ばした。

しかしモンスターにダメージはほとんどない。
これは攻撃技ではないのだ。

命中率が低いなら当てれる状況を作り出してやるだけだ。
ロケットファイア、イグニッション!!

待機していた魔法使いがロケット花火を放つ。
火線はモンスターではなく、すぐ前の足元に着弾する。



――ズドドドドドドォン!!



ふっ飛ばされてきたモンスターの足元から次々に火柱が巻き起こる。
設置型攻撃魔法『ドラゴンマイン』をあらかじめ複数設置しておき、直接点火(イグニッション)しないでロケット花火で一斉に点火、誘爆させたのだ。

クエストクリア
奇跡を現実に実装します
やったー!
遂に念願のヤキソバパンげっとぉ!!
凍結していた時間が動き出し、奇跡という人工的に書き換えられた運命が現実に反映された。
食堂の一角、行列の出来た購買部で女子生徒が喜んでいる姿がスマホカメラに捉えられている。
どうだ?
スカウト出来るようになったよ。
ゲームモードが解除され、一般生徒に戻った魔法使いと勇者が食堂の片隅で戦果を確認していた。
勇者ココナのスマホは勇者アプリの現実での機能のひとつ、スキャンモードが起動している。
神頼みをしている人間、あるいは仲間にスカウト可能な人間をカメラに映すことで情報が得られるモードだ。

願いを叶えられた人間が仲間としてスカウト可能になるのは間違いなさそうだ。
叶えられる願いは一人一回だけということでもある。


こんなしょうもない願いに貴重な一回を……

サクトは自分が勇者ではなく魔法使いであることに不満を持っていたが、こうして今もパーティーの頭脳として動いていることを鑑みると、なんだかんだで相応しい職であると思い始めていた。
ただし戦闘を繰り返し経験を積んだものの、ノーコンなので近距離型魔法使いであることは今も変わらない。
願いの価値は人それぞれだから。
もしかしてあの子にとっては一生を左右することだったのかも……。

んな大袈裟な。
まぁ情報収集やトレーニングになってるし、こちらとしてはありがたいが。


ということは、俺も神頼みを叶えられたってことになるな。
全く神頼みした覚えはないんだが……。

サクトくんは最初から仲間に出来る状態だったよ。
たぶん他の勇者が願いを叶えてくれたんじゃないかなぁ。
そもそもこのデスゲームの運営はいつから始まってるんだ?
私はつい最近始めたばかりだよ。
サクトくんとあまり変わらないかも。
数年前からあるとしたら、すでにカンストしてるプレイヤーも居るかもなぁ。
俺もココナもレベル2、最大レベルは5。
果たしてそれは遠いのか、近いのか……。
スライムとの戦闘でココナはレベル2になった。
その後、戦力アップのために積極的にレベル1のクエストを消化し経験値を稼ごうとしていたのだが、コンビネーションは強化されたもののレベルアップはしていない。
そもそも経験値の概念があるのかも不明だ。
どこにもそんな項目ないしなぁ。
スマホで自分のステータスを確認するサクト。
スキャンモードは勇者にしか使えないが、ステータスは現実でも確認出来る。
プレイヤーにしか勇者アプリの画面は見えないが、他プレイヤーの画面を見ることも可能だ。
ココナが顔を寄せサクトのスマホ画面を覗き見る。
向かい合う前髪通しが軽く触れ合う。
お、おい。あんまり引っ付くなよ。
誤解されんぞ?
昼休みの食堂は生徒でいっぱいだ。
ただ今日はちょっと少ないように感じる。
奇跡の効果が関係あるのか分からないが、おかげで隅っこで目立たない席を確保出来たのは幸いだった。
しかしココナは結構目立つので、人の目を気にして挙動不審になるサクト。
あれ、サクトくんのスキルって一つだけなんだね。
たくさん魔法使ってるからいっぱいあると思ってたよぉ。
たぶん固有スキルが一つ、勇者はボーナスで聖剣スキルが追加される仕様なんだろ。
違う系統のスキルがレベルアップで増えるのかどうかは分からんが。

サクトの固有スキル、フレイムワークスは花火を模した魔法スキルで、複数点火し時間差で発動出来る特徴がある。
瞬間的に高火力を叩き出すことも可能だが、使用回数制限が結構厳しいので節約しないとスライム戦の時のように弾切れとなってしまう。


ココナの固有スキル、ヘブンズゲートは補助系中心の魔法のようでダメージソースとなるものが存在しない。
翼が生えて空を飛んだり、都合の良い神風を巻き起こしたりと、天使や神などを彷彿とさせる系統のようだ。
唯一の攻撃技が聖剣スキルのクラウソラスだが、レベルアップしても使用回数は3回のままで、若干光刃を発生させている時間が延びただけだった。

聖剣の使い方は分かってきたが使いにくいことは変わらないからな。
ココナを囮にして俺が攻撃するという戦法が鉄板だが、肝心のココナが前衛として頼りないという……。
やっぱり俺が前衛の方が良くないか?
それじゃ私やることなくなっちゃうよぉ。

いいじゃん。
聖剣だってバトンパスで俺でも使えることが分かったし。

裏技っぽいけど。

ダメだよ、一緒に戦わせて!
すぐ転ばないようにトレーニングするから!
すぐ転ぶだけの問題じゃないだろ……。
いっそ運動部に入るか?
サクトくんも一緒に入部してくれるなら……。
断る。
そもそも男女一緒にやってる運動部なんてうちの学校にないだろ。
学校で離れ離れの時間が長くなると困るよぉ。
ほら、今もひとつ黄色クエストになったし!

ココナのアプリには色別にカテゴライズされたクエストリストが並んでいる。
すべてスキャンモードで情報収集したものだ。


青色クエストは自分から始めない限り強制的に始まることがない、非アクティブクエスト。
赤色クエストは神頼みした人間の一定範囲内に近づくと強制的に始まるアクティブクエスト。
黄色クエストは期限付きの神頼みで、タイムアウトになると赤色クエストに変化する。


基本的に願いがショボいほどモンスターは弱くなり、赤色クエストになると強力な能力が付け足される。
以前に戦ったスライムの超回復のように、元のモンスターが弱くても戦況をひっくり返す能力が付くことがあるのだ。

これで校内で確認出来てる黄色クエストは3つ目か。
赤色に変わる可能性が高いクエストは優先的に潰すべきだが……。

いや、ひょっとしたら赤色クエストクリアがレベルアップの条件である可能性も?

赤色クエストは敵が強化されるだけでなく、強制的にエンカウントするという特性がつく。
いつ、どのような状態で戦闘に入るか分からないため、不意打ちで即全滅する可能性もある。
しかし願いの詳細が分かれば、いつ赤色に変わるか予測することは可能だ。
さらに神頼みの内容がクエスト内容にも影響するため、攻略の糸口にもなる。
つまり、リアルでの情報集めも大事と言える。
後でハルに訊いてみるか。
条件によっては赤色クエストに変わるのを待つのもアリかもしれん。
友達が少ない二人には四十万ハルの存在は有難かった。
どういうルートから情報を集めているのか分からないが、学内のことなら大抵のことを知り尽くしている情報屋なのだ。
このクエストが赤色になる前に出来るだけ強くなっておかないとね。
七不思議クエストか。
ココナが指し示す黄色クエストはレベル4と表示されていた。
レベル3ですら未知の領域。
最大レベルは敵、味方ともレベル5らしい。
つまりかなりの高難易度クエストと言える。
さらに赤色になって強化されれば……
やっぱりもう一人の勇者の人と協力しない?
学校をずっと休むわけにもいかないし、避けられないよ。
二人が現在把握しているもう一人の勇者は校内のクエストで一緒になることが多いが、スライムとの戦闘以来ずっと高みの見物だ。
どこの誰かも未だに分からないままでいる。
情報を共有したいところだが、向こうはこっちの存在を分かっていながら接触を避けているんだ。
ただ優越感に浸りたいだけとは思えんな。
何かしら企んでいるに違いない。

考えすぎだと思うけど……。


みんな目的は同じだし仲良くしたらいいのに。

目的が同じ? よく言うぜ。

勇者は秘密だらけで胡散臭い。


お前だって未だに隠していること多過ぎるだろ。
女神様に訊かなきゃエンディング条件さえ分からないままだった。
一生こんなこと続けるつもりだったのか?

それは……勇者になるための契約と関係あるから、話せないこともあるの……。

グランドクエストと呼ばれる各勇者に設定されている特殊クエストをクリアすればゲームクリアとなる。
ただし、その勇者パーティーはゲームから開放されるが、他の勇者パーティーはそのままゲームを続けなければならない。


ゲームオーバーはクエスト参加中の全プレイヤーが全滅し、勇者の死が現実に実装されること。
戦闘に参加しなかった仲間達は勇者アプリから開放される。
コンティニューは存在しない。


そして勇者アプリから解放される第三の選択。
それはクエストが生成される仕組みをなくす、つまり勇者アプリそのもののサービスが続けられない状態にすればいい。
しかしサクトにとっては最初からこの選択肢はない。
出来れば飽きるまでこのデスゲームを遊んでいたいとさえ思っている。


ゲームクリアを目指すかどうかは実際リーダーであるココナ次第なのだが、どうもこの手の話題は話したくないようだ。

隠したいなら無理して話さなくてもいい。
ただグランドクエストが近くなれば先に言ってくれよ。
楽しんでるとこで突然ゲーム終了とか勘弁だぜ。
分かってるよぉ。
ごめんね。
本当はグランドクエストの内容は知ってる。
でもサクトくんには絶対知られたくないの……。
当面の間、この七不思議クエストを攻略するための戦力アップが課題になる。
あと4か月近く猶予はあるが、レベルアップが出来ないなら仲間のスカウトも考えないとな。
でもサクトくんの時のように無理矢理加えるのはもう嫌だよ。
命がかかってるし……。

いまいち実感ないけどな。
実際に全滅したパーティーを知ってたら説得力増すだろうが。


まぁ前にも言ったが、誰もがみんな嫌がるわけじゃないと思うぜ?

そうかなぁ……。
じゃあ考え方をちょっと変えようか。
ココナが小さい頃、なりたかった夢って何だ?
魔法の国のプリンセスかな?

……すまん、訊いた俺がバカだった。


俺はガキの頃、消防士になりたいって思ってた。

いいと思うよ!


今からでも目指していいんじゃないかな?
サクトくんならなれそう!

いや、そういう話をしたいんじゃない。


消防士が危険な仕事だって分かるよな?
それが分かってて消防士は仕事をしてるんだ。


消防士だけじゃない。
世の中には命懸けの仕事をしている人間なんて山ほど居る。
そのほとんどが自ら望んでその職についている。
言いたいことは分かるな?


そういった種類の人間はどういった形であれ、命を懸けても人の役に立ちたいと思ってるもんだ。

そういう人間になら声をかけてもいいんじゃないか?


(ただ一銭にもならないけどな)

な、なるほどっ!

目から火が出る思いだよぉ。

鱗な。
痛い目にあってどうする。
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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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