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文字数 4,101文字
その視線の先にあるのは女子高生のお尻だった。
――ピロリン♪
しまった!
――と、反射的にバランスを崩して倒れる彼女を、彼は抱きかかえるように受け止めた。
さらに調子に乗った彼は突っ立ったままのもう一人の女子高生のスカートをめくり上げた。
彼女達はおろか周囲の他の学生、通勤中のOL、ジョギング中のお爺さん、誰も彼もが見て見ぬ振りである。
いや、そもそも見えていないのだ。
塀の上の猫は背伸びしたままずっと動かないし、雀は空中で羽ばたきもせず静止している。
まるでビデオの一時停止状態だ。
夢だと分かれば醒める前に色々やっておきたくなるな……
しかし声の主はかなり遠くに居るのか、周囲にそれらしき動く人影はなかった。
――ピロリン♪
再び凍りついた世界に電子音が響く。
自分のポケットからだと気付いた男子高生はスマホを取り出した。
クエスト:恋のキューピット
タイムリミット:01:40:53
参加プレイヤー:1/2
ココナ LV1 HP 0%
サクト LV1 HP 100%
その最新メッセージは――
画面にはココナというキャラクター名の他に自分の名前『サクト』の表示もある。
自分もプレイヤーの一人であるらしい。
夢に整合性を求めるのはナンセンスだが分かっていても考えてしまう、彼はそういう人種だった。
夢のメインシナリオがムフフ展開からこちらへシフトしたのなら、流されてみるのもまた一興。
サクトはGMコールボタンを発見し、手っ取り早く解説を要求することにした。
声だけでは詳しく判別出来ないが、若い女性を思わせる声だった。
クエストの目的は発生源であるモンスターの討伐。
クリアすると願いが実装された状態で現実が動き出す。
プレイヤーにはそれぞれモンスターと戦うための固有スキルが与えられる。
ダメージを与えることでHPが減少し、ゼロになった者は死亡扱いとなる。
クエストクリアに成功すれば死亡した者は復活。
失敗すれば何らかの形で現実にプレイヤーの死が実装される。
カラスに似た黒ずくめの衣装はなるほど、悪役の方が似合いそうだ。
さらにその手には杖っぽい鈍器が握られている。
杖から女神の声が聞こえる。
よく見るとスマホ画面が埋め込まれていた。
どうやらこの武器はスマホが変化したもののようだ。
杖に変化してもスマホ入力は可能なようで、画面をタッチし情報を収集する。
スキル名は『フレイムワークス』。
これがサクトに与えられた能力らしい。
スキルのコマンドリストには技名らしきものと数字が並んでいる。
MPの概念はなく、使用可能回数を表しているようだ。
すると画面に導火線らしきものが現れて時間と共に短くなっていく。
――パシュ!
導火線がなくなると同時に杖の先端から何かが発射された。
――パァン!!
空に向かって飛んでいったソレは破裂し、広範囲に火花を炸裂させた。
カメラのズーム機能なども使えるようだ。
言われるがまま杖と化したスマホを傾け、異常がないか調べてみる。
――居た!
ヒビの入った小便小僧の銅像に羽が生えた天使が宙に浮き、ゆっくりこちらへ向かって来ている。
シャッターを切るとモンスター情報が登録された。
さらにメッセージログにも行動が表示されるようになったようだ。
ブロークンエンジェルの攻撃
そこにモンスターから放たれた矢がアスファルトの大地を穿つ。
ましてここは夢の中なのだ。
サクトは技名を叫びながらモンスターに杖の先端を照準する。
先程放った花火の火力なら期待出来そうだ。
導火線がなくなり、魔法の打ち上げ花火が射出される。
サクトに37%のダメージ
落ち着いてみりゃこいつワンパターンなんだよな。
矢自体は速いが発射までのタイムラグと正確過ぎる軌道で、ログを確認してりゃ避けるのはそう難しくない。
問題はこっちの攻撃が当たらないってことだ。
時間制限と攻撃回数制限がある以上、博打に出るのは最後の手段。
地上まで誘導出来ればいいんだが、あいつずっと一定距離を保ち続けてるからなぁ……
中々居ませんよ、サクトさんのような肝の座ったプレイヤーは。
勇者でもソロでモンスターを倒せる方は少ないです。
逃げてもいいんですよ?
それならサクトさんだけは助かります。