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文字数 4,101文字

楽しく会話を弾ませている二人の女子高生の後ろで、一人の男子高生が犯罪に手を染めるような目で凝視している。

その視線の先にあるのは女子高生のお尻だった。

さて、一線を超えるべきか留まるべきか……
男子高生の魔の手がスカートに迫る……




――ピロリン♪

びくっ!
突然の電子音に動揺して手が逸れ、女子高生の肩を突き倒すような形になってしまう。


しまった!


――と、反射的にバランスを崩して倒れる彼女を、彼は抱きかかえるように受け止めた。

何だこれ……。


固まってるけど柔らかい……!

女子高生の反応など気にすることなく、彼は偶然触れた彼女のバストを揉みながら驚愕する。


さらに調子に乗った彼は突っ立ったままのもう一人の女子高生のスカートをめくり上げた。

水玉か……
彼の破廉恥な行動を咎める者は居ない。

彼女達はおろか周囲の他の学生、通勤中のOL、ジョギング中のお爺さん、誰も彼もが見て見ぬ振りである。


いや、そもそも見えていないのだ。

やはり俺以外の時間が止まっているようだな。
そう、無反応なのは人間だけではない。


塀の上の猫は背伸びしたままずっと動かないし、雀は空中で羽ばたきもせず静止している。

まるでビデオの一時停止状態だ。

どうやら俺が触れれば作用反作用は働くようだが……
表情の変わらない女子高生の胸を揉みながら、ムッツリスケベ男子高生は冷静に今の状況を分析する。
朝起きて目玉焼きトーストを咥えて家を出て、満員電車で巨乳OLに押されて倒れてきたデブのおっさんに押し潰され、駅を出て前を歩いてる一年生っぽい女子生徒可愛いなとゆっくり後をつけるようにここまで登校してきたのは全部夢だったのか。


夢だと分かれば醒める前に色々やっておきたくなるな……

抱きとめた女子生徒の唇に少しずつ顔を近付ける……と
きゃああああ!
若い女性の悲鳴だった。
あ、いや、これは……意識があるか確認しようとしただけで……!
思わず夢であることも忘れて弁明を始めるムッツリ男子高生。

しかし声の主はかなり遠くに居るのか、周囲にそれらしき動く人影はなかった。


――ピロリン♪


再び凍りついた世界に電子音が響く。

自分のポケットからだと気付いた男子高生はスマホを取り出した。

何だ、このスマホゲー。


『勇者アプリ』?

こんなのインストールした覚えはないが……

クエスト:恋のキューピット

タイムリミット:01:40:53

参加プレイヤー:1/2


ココナ LV1 HP 0%

サクト LV1 HP 100%



画面にはゲームらしきUIとメッセージが表示されていた。

その最新メッセージは――

「勇者ココナは死亡した」?


もしかしてさっきの声はこのゲームのボイスか?

画面にはココナというキャラクター名の他に自分の名前『サクト』の表示もある。

自分もプレイヤーの一人であるらしい。


夢に整合性を求めるのはナンセンスだが分かっていても考えてしまう、彼はそういう人種だった。

夢のメインシナリオがムフフ展開からこちらへシフトしたのなら、流されてみるのもまた一興。

サクトはGMコールボタンを発見し、手っ取り早く解説を要求することにした。

はい、GMの女神です。


何かお困りですか?

女神と名乗る管理スタッフのGM(ゲームマスター)と電話が繋がったようだ。

声だけでは詳しく判別出来ないが、若い女性を思わせる声だった。

遊び方が分からないんですけど。
もしかしてチュートリアルを受けてらっしゃらない?

勇者は……あら、もう死亡されてますね。

どうやら何のことわりもなく参加させられたようですね。


いいでしょう、簡単にご説明します。

ここは人々の神頼みによって一時停止した、過去と未来の狭間の世界。

クエストの目的は発生源であるモンスターの討伐。

クリアすると願いが実装された状態で現実が動き出す。


プレイヤーにはそれぞれモンスターと戦うための固有スキルが与えられる。

ダメージを与えることでHPが減少し、ゼロになった者は死亡扱いとなる。


クエストクリアに成功すれば死亡した者は復活。

失敗すれば何らかの形で現実にプレイヤーの死が実装される。

自らアクションする体感型ゲームか。


つまりこのココナってプレイヤーはモンスターに負けて死亡したが、俺がクリアすれば復活出来るってわけだな?

驚くほど冷静で飲み込み早いですね。
ヲタクなめんな。

ちゃっちゃとクリアしてココナとか言うヒロインとハッピーエンド目指すぜ。


えーっと、俺のスキルは……

逃げずに戦う決心がついたらバトルコマンドから「たたかう」を選択してください。
コマンドをタッチした瞬間、サクトの身体が光に包まれる。
うおっ!?


これは……

薄れ行く光の中から現れたサクトの姿は、剣と魔法のファンタジー風衣装にドレスアップしていた。
何というか……

勇者ってより悪の魔法使いって感じなんだが……

とんがり帽子に全身を包み込むマント。

カラスに似た黒ずくめの衣装はなるほど、悪役の方が似合いそうだ。

さらにその手には杖っぽい鈍器が握られている。


杖から女神の声が聞こえる。

よく見るとスマホ画面が埋め込まれていた。

どうやらこの武器はスマホが変化したもののようだ。

サクトさんは勇者じゃありませんよ。

『光の勇者ココナ』に仕える『爆音の魔術師サクト』です。

はぁぁ!?

自分の夢なのに自分が主役じゃないのかよっ!!


しかも何だよ『爆音』て! 暴走族かよ!!

それはサクトさんの深層心理に基づくパーソナルデータに従った仕様なので……変更は出来ませんね。
クソゲーだな
酷い……

一生懸命作ったのに……ぐすん。

あんたが作ったのかよ……
バトルモードに変身したことでスキルが使用可能になる。

杖に変化してもスマホ入力は可能なようで、画面をタッチし情報を収集する。


スキル名は『フレイムワークス』。

これがサクトに与えられた能力らしい。

スキルのコマンドリストには技名らしきものと数字が並んでいる。

MPの概念はなく、使用可能回数を表しているようだ。

とりあえずこの『ダイナミックボンバー』ってのを試し撃ちしてみるか。


実行するには……イグニッション?

決定コマンドらしきものをタッチする。

すると画面に導火線らしきものが現れて時間と共に短くなっていく。


――パシュ!


導火線がなくなると同時に杖の先端から何かが発射された。


――パァン!!


空に向かって飛んでいったソレは破裂し、広範囲に火花を炸裂させた。

花火じゃねぇか!!
綺麗ですねぇ。


でも気をつけてください。

派手過ぎてモンスターに気付かれたようですよ。

どこから?
攻略に関することは直接お話出来ません。

ご自身で探してみてください。


カメラ機能を使って索敵、スキャンすることが可能です。

画面をカメラモードに切り替える。

カメラのズーム機能なども使えるようだ。


言われるがまま杖と化したスマホを傾け、異常がないか調べてみる。

人間を映しても何の反応もないな。

ゾンビ化して襲ってくるゲームじゃないようだ。


敵の名前でも分かれば予測出来るかもしれんが……待てよ

直感で上空を写す。


――居た!


ヒビの入った小便小僧の銅像に羽が生えた天使が宙に浮き、ゆっくりこちらへ向かって来ている。

クエスト名からもしやと思ったが……

あのフライングヒューマノイドが倒すべき敵ってわけだな

ブロークンエンジェル LV2 HP100%


シャッターを切るとモンスター情報が登録された。

さらにメッセージログにも行動が表示されるようになったようだ。




ブロークンエンジェルの攻撃

!?
咄嗟に身を翻すサクト。

そこにモンスターから放たれた矢がアスファルトの大地を穿つ。

……っぶねぇ!


しかし連続で撃てないようだな。

次はこっちのターンだ。

ちなみにコマンド入力は音声入力にも対応してますよ。
バトルコマンド、フレイムワークス発動!

ダイナミックボンバー、イグニッション!!

結構恥ずかしいが他に聞いている者は居ない。

ましてここは夢の中なのだ。


サクトは技名を叫びながらモンスターに杖の先端を照準する。

先程放った花火の火力なら期待出来そうだ。


導火線がなくなり、魔法の打ち上げ花火が射出される。

た~まや~♪
……おい、当たらないんだが。


自動補正とかないのかよ。

魔法は天使の後方で花を咲かせていた。
……仕様です
ロケットファイア!

スタンクラッカー!


くそっ、どっちも当たる気がしねぇ!


スネークモーフ!

……って蛇玉か!


なんで全部花火なんだよ!

……仕様です
ブロークンエンジェルの攻撃

サクトに37%のダメージ

しまっ……!


反射的に急所は逸らせたが、このダメージ……。

不意打ちだったら一撃死確実だろ。


最初の敵でこのゲームバランス、やっぱクソゲーだわ。

ぐすん。
ダイナミックボンバーの使用回数はあと1回。

明らかに威力が劣りそうな攻撃技もあと2,3回しか使えない。


さて、どうするか……。

いちおうスマホが変化した武器での直接攻撃、もしくはそれらを介した物理攻撃でもダメージは入りますよ。

小石を杖で打って当てるとか……微々たるものですけど……。

さらに難易度高い上にリターンも少ないとか。

それなら降りてくるまで逃げ続けて杖で殴る方がマシだ。

ブロークンエンジェルの攻撃
おっと、そろそろ攻撃してくる頃だな
難なく矢をかわすサクト。

落ち着いてみりゃこいつワンパターンなんだよな。

矢自体は速いが発射までのタイムラグと正確過ぎる軌道で、ログを確認してりゃ避けるのはそう難しくない。


問題はこっちの攻撃が当たらないってことだ。

時間制限と攻撃回数制限がある以上、博打に出るのは最後の手段。

地上まで誘導出来ればいいんだが、あいつずっと一定距離を保ち続けてるからなぁ……

命がけの戦いなのに冷静な分析能力ですねぇ。

中々居ませんよ、サクトさんのような肝の座ったプレイヤーは。


勇者でもソロでモンスターを倒せる方は少ないです。

逃げてもいいんですよ?

それならサクトさんだけは助かります。

まぁ足には自信があるが……。

いや、その手があるか。

バトルコマンドから一度『たたかう』を選択すると、『逃げる』を選択出来なくなります。

途中で逃げたくなった場合はクエストエリア外に出れば現実に戻れます。

諦める選択肢なんて始めからないっての。

つまらない現実に戻る前に遊び尽くしてやる。


見せてやるよ、天使の堕とし方ってやつを!

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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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