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文字数 2,880文字

誘ってくれてありがとう。


でも今日のところは遠慮させてもらうわ。

門限過ぎちゃってるし……。

喫茶『ナインボール』を出た後、ココナの家に寄る予定だったがイズミとは駅で別れることになった。


もしエンカウントしたら私も遠慮なく召喚して。
そんなたて続けにあってたまるかよ。
影浦くん、二人っきりだからって何かやらかしたら許さないわよ。
何かって何だよ?

それはその……察しなさいよ!

真っ赤になり濁すイズミ。

私はイズミちゃんの味方だから安心して。

だっ、だからそれはっ……!

電車の扉が閉まる。

車内のイズミに向かって笑顔で手を振るココナ。

照れ臭そうにイズミは手を振り返した。







雨、止まなかったね。

一本の傘を共有する二人。

荷物持ちのサクトの両手が塞がっているので、ココナが傘に入れてあげる形になっている。

肩、濡れてない?

折り畳み傘じゃ限界だろ。気にすんな。


つか、俺の傘だし。

梅雨の時くらい鞄に入れとけよ。

ごめぇん♪

そう言いながら身体を寄せてくるココナ。

気まずそうに少し離れようとするサクト。

そんなに意識しなくていいのに……。

そう言えばあの日はたて続けに連戦したんだっけか。


この道、見覚えあるな。

サクトくんは門限とか大丈夫なの?

うちは放任主義だからな。


親父も単身赴任中だし。

うるさいのは妹くらいだ。

ヒメリちゃんは寂しいんだよ。

お父さんが居ない分、サクトくんのことをお兄ちゃん以上に思ってるんじゃないかな。

私一人っ子だし、何となく分かるなぁ。

確かに妹は歳が離れているからか、「かまってちゃん」なところがある。

そう言えば、妹の名前はハルから聞いたと言っていたな。

だがこいつはどうも勇者アプリに出会う以前から俺の事を知っていた節がある。

秘密にしている意味が分からないし、知りたいとも思わないからどうでもいいが。
到着ぅ~。

あの日見た古びたアパート。

ココナはここの二階に住んでいる。

冷えたでしょ?

待っててね。すぐお湯湧かすから。

鍵を開けながらとんでもないことを言い出す。
いや、すぐ乾くって!

ココアだと喉が渇く?

コーヒーの方がいい?

お湯ってそういう……。

玄関までという選択肢もあったが、今日のクエストについて話したいこともある。

やましい気持ちもなくはなかったが、平静を保つよう自分自身に言い聞かせて入室するサクト。


あの時はクエスト中だったこともあり、じっくり家の中を観察するのはこれが初めてだ。

居間の他には小部屋が二つ。

スライド式の戸で仕切られてはいるものの、開けっ放しなので丸見えだ。


一つはぬいぐるみで飾られた女の子らしい部屋。

少し年齢層が低く見えるがココナの部屋だ。


もう一つは仏壇が目立つ殺風景な部屋。鏡台とタンスくらいしかない。

多分電話した時に言ってた母親の部屋だろう。

生活感がなく、ココナが言った通り暫く家を空けているようだ。

先にシャワー使ってくれてもいいよ。

ポットに水を補充しながら再びとんでもないことを言い出す。

今度は勘違いでも何でもない。

上着だけ干してくれればいい!

分かったぁ。


私はシャワー浴びてもいいかな?

半身がぐっしょり濡れ、ブラジャーがうっすら透けているココナの姿に今更気付く。

変に避けようとしたせいで、サクトが濡れないよう自分が犠牲になっていたのだ。

流石に罪悪感を感じる。

……すまん。


好きにしてくれ。

じゃあココアとコーヒーの粉、ここに置いとくね。

お湯が沸いたら勝手に飲んでくれていいから。

そう言って一度自分の部屋に寄った後、バスルームへ消えていく。

衣擦れの音がし、すぐにシャワーの音が響いてきた。

こんなの意識するなという方が無理だろ!

ちゃぶ台の前で思わず体育座りになり、ポットのお湯が沸くのをただじっと見つめて待つ。

脳内に変身シーンで見たココナの裸体が浮かんでは消える。

確かにココナは可愛い。

だが生物的本能で興奮してるだけだ。

理性を保て、俺。

サクトは気分を紛らすものがないか周囲を見回した。


カレンダーに書き込まれている予定は母親の字だろうか?

ココナの丸っこい筆跡とは明らかに違う。

いつから母親が居ないのか分からないが、ゴミの日などちょっとしたメモ程度。

その中でひと際目立つのが7月7日の花丸だ。

そういえばココナの誕生日だったか。

ハルがそんなこと言ってたな。


来週か……。

だからと言ってどうするというわけではないけど。

男友達にプレゼントを渡す習慣もないのに、ココナにだけ渡すというのも変な話だ。

それこそ意識してる証明になる。


そんなことをするのは、せいぜいうるさく催促してくる妹くらい。

親に渡してたのも幼い頃だけだ。

まぁ一言「おめでとう」と言ってやるくらいだな。


いや、そもそも誕生日を覚えてる時点で意識してると思われるんじゃないのか?

シャワーの音に混ざって可愛らしい鼻歌が聞こえてきた。


――多感な男子高校生が居るのに自由だなっ!


また妄想が膨れ上がる。

リセットボタンはどこだ!?


隣の部屋の仏壇に飾っている写真が目に入った。

目を凝らせばギリギリ分かる距離だ。

おっさんの横の小さな子供は……ココナか?


一人っ子だし姉妹という線はないだろう。

何となく面影があるが、笑顔がぎこちない。

こうして見ると嘘笑い上手くなってるよな。

一緒に映ってるのは父親だろう。

母親は見切れており、父親の表情がよく分かるアングルとなっている。


わざわざそんな家族写真がそこに置いてあるということは……。


………………。


……何だ? 


何かがひっかかる。

喉元まで出かかってるのに出てこない異物感。

見覚えがあるような、ないような……。

お待たせ。


どうしたの?

長袖シャツ一枚に短パンというラフな姿でココナが戻って来た。

サクトが難しい顔をして仏壇を見つめていることに気付く。

ココア飲もうっと。

サクトくんの分も入れるよ?

わざとらしく視線を遮るように身を乗り出し、テーブルの上のポットに手を伸ばすココナ。

サクトの前にシャンプーの香りと共に柔らかそうな太腿とお尻が現れた。

さらにシャツの裾からブラチラし……


――理性が死ぬ!!

ココナっ!!
は、はいっ!?
超絶ブラックコーヒーで頼む。
湯気を立てるコーヒーカップには溶けきれないほどのコーヒーパウダーがたゆたっていた。

サクトくんがそんなにブラック好きだなんて知らなかったよぉ。


あ、だからコスチュームも黒ずくめなのかな?

逃げ出すという選択肢もあったが、下半身の状態から動くに動けなくなってしまったのだ。

平静を取り戻すためにそれを一気に飲み干すサクト。


あっつ!!
思わずむせて吹き出し、盛大に熱々のコーヒーを下半身にぶちまけた。

た、大変!

すぐに拭かなきゃ!

待て、見るな!!

自分でやるっ!

あ……デリケートな部分だもんね。


でもコーヒーの染みは匂いが……。

洗おうか?

制服の生地は黒いから目立ちはしないが……確かにこの状態で電車に乗るのはキツい。

ドツボにハマってるな、俺。

ありがちな展開はなるべくしてなるのか……。

運命の力の片鱗を感じたぜ。

結局洗って乾かすまで時間がかかるので、夕飯まで食べてく流れになってしまった。

下着ははいたままで上からバスタオルを巻く形になっている。

こんな姿を委員長に知られたら何と言われるか……。
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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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