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文字数 3,631文字

おや、困りますね。

未成年をこんな時間に連れて来られるのは。

地下喫茶『ナインボール』は夜の顔、ワイン専門のバーになっていた。

私が保護者です。


そもそもマスターも悪いんですよ。

ミナコさんみたいな人を信用して雇うから。

なるほど、そういうわけですか。

彼女の性格から事情を察したようだ。


今日はあの日と違ってそこそこ客が入ってる。

夜の店に変身したからだろうか?

あの日と同じ定位置に座ってる人物も居る。

探偵のメグムだ。


目が合い軽く会釈するサクト。

…………。
ふっ。


男の顔になったな。

言ってみたかっただけだろう。
では奥のスタッフルームをお使いください。

スタッフルームと言っても狭い事務室のようなものだった。

奥に従業員用の更衣室がある。

大人が一人入れるくらいだが。

夜はそこそこお客さんが入る日もあるので……


キャーッ!?

更衣室から半裸の若い男性が着替えながら出てきた。


思わず両手で顔を覆い反対を向く、女性らしい反応を見せるウララさん。

ココナとはえらい違いだぜ。

入ってるなら入ってるって言ってくださいっ!

それはこっちのセリフだろうがよっ!

入って来るなら言え、部外者!


つか、なに学生連れ込んでるんだよ、淫乱占い師。

まだ処女ですっ!


人聞きの悪いこと言わないでくださいっ!

落ち着いたところで折り畳み机を囲んでパイプ椅子に座る三人。


普通にこの人居座ってますが、いいんですか?

あ、俺?

気にすんな。


どうせまた勇者アプリとか言うスマホゲーのことだろ?

あんたらも必死だな。

そう言ってスマホをいじり出す男。

この人もここで雇ってるアルバイトなんですが……まぁあまり気にしなくていいです。


一般人ですけど。

いいのかよ。


まぁ一般人に言っちゃいけないというルールはないけど。

昨日の今日で、熱心だね君は。

そこにメグムも入って来た。

ミナコさんが『聖域』の秘密を喋ろうとしたみたいです。

経緯を説明するウララ。


メグムは一瞬だけ考える素振りを見せ、口を開いた。

彼女は口が軽いからねぇ。

まぁほっといても近いうちに辿り着いてただろうさ。


どうせなら彼女の口からより、俺達から話した方がいい。

何しろ聖域を作ったのは俺達のパーティーなんだからな。

……作った?

ここから先は大人の世界だ。


君は安っぽい正義感に振り回されず、合理的に考えることが出来る、そう信用するから話す。

仲間達にはまだ話すべき内容じゃないことを肝に銘じてくれ。

大丈夫です。

俺はあいつらを本当の意味で信用してません。

やれやれ、堂々と言うかね。


だがその正直さに返って安心した。

俺の口から話そう。

でも本当にいいんですか?


関係ない人居ますけど。

俺は超口が堅いから安心しな。

ミナのような尻軽女とは違う。

詐欺計画を話し始めても誰にもチクったりしねぇよ。

不安ならこのステージ終わるまでちょっと待ってくれよな。


あぁっ、糞がっ!

喋りながらやってたせいでミスしちまった!


ちと早いがシフトインしてやったらいいんだろっ!?

ぶつくさと文句言いながら店舗に消えていくアルバイトの男。

彼はプレイヤーではないが全く無関係というわけでもない。

彼も俺が連れて来た訳ありの人間だ。


まぁ一般人の反応なんて案外大したことないんだがな。

実際体験出来なきゃ信じるはずもない。

普通のゲームの話をしているようにしか聞こえんさ。


君も最初はそうだったろ?

つまり勇者アプリそのものは信じてないが、これから話す内容に絡んでいる人間、と考えていいんですか?
その通り。


これから話すことはリアルの事件にまで発展する可能性がある。

覚悟は出来ているな?

ウララが額の汗を拭った。

いつもほんわかしてるウララが一瞬動揺したのだ。

それほどとんでもない情報を伝えようとしてるのだろう。


サクトが黙って頷くと、扉にもたれながらメグムは続けた。

実は勇者アプリと対を成す存在がある。


……それが魔王アプリだ。

魔王?


……なるほど、PvP要素か……っ!

察しがいいね。


そう、神はただシステムを作っただけに過ぎない。

神頼みをクエスト化しているのは、魔王アプリを持つ人間による手作業なのさ。

つくづく神は直接動きたくないらしい。


俺はこの天才的な推理力で遂にそれを突き止めた。

武勇伝は長くなるのでどうでもいいです。

サクトさんの帰宅時間がどんどん遅くなりますよ。

ウララの指摘通り、この後武勇伝を語るつもりだったのだろう。

段取りを台無しにされ、フリーズするメグム。


――いや、故意に避けたのか?

まぁその……勇者メグム一行は魔王とお話することになったのでした。

混乱し口調が適当になる。

だが軽いノリとは裏腹に事の重大さは十分サクトに伝わっている。

魔王を見つければゲームシステムは根本から崩壊する。


だが、デスゲームを継続させるために敢えて敵と手を組んだということか。

ダサい所をお見せして申し訳ありません。


私が説明変わりますね。

遠い目をしているメグムの後をウララが引き継ぐ。

考えても見てください。


魔王だって何も勇者を苦しめるためにクエストを作ってるわけではありません。

魔王は人々の願い叶えるためにクエストを作り、下請けの勇者がクリアして現実に実装する。

ただそれだけなんです。

ここが魔王との話し合いのポイントだと語るウララ。

問題は勇者側がボランティアで命を賭けさせられること。


これを解決するために私達が提案したのは勇者アプリを利用したビジネス化。

つまり、神頼みに正当な見返りをつけるということです。

二人の職業が探偵と占い師ということは……。

ご想像の通りです。


私達が依頼者を集め魔王がクエスト化、その成功報酬を分配しています。

もちろん魔王にも手数料をお支払いしていますよ。

人々は悩みを解決され、携わった人間は正当な報酬を得るため後腐れもありません。

誰も損をしないシステムです。


こんな私達を汚い大人だと軽蔑しますか?

ウララとメグムがまっすぐサクトを見つめる。

試されているのだ。

僅かでも動揺すれば見込み違いということになる。


――ふっ。


サクトの口角が吊り上がる。

つまり『聖域』とやらの正体は、お互い不可侵の協定を結んだ、見捨てられたエリアってことですよね?


…………。

病院なんて明らかに無茶な神頼みで溢れかえった無理ゲーエリアだ。

神社とかもそうですよね?


こんな所の神頼みをクエスト化されたら、ゲームとしてだけでなくビジネスも成り立たない。

まっすぐサクトを見つめ続けるウララ。

心なしか瞳が少し潤んでいるようにも見える。

『奇跡』なんて本来なくてもいいシステムだ。

甘えるなって話ですよ。


ゲームは必ずクリア出来るようになってるんです。

クリア出来ないのは現実というクソゲーだけで十分だ!

自分勝手な願いを神頼みし、叶えてくれなきゃ「神は死んだ」と言われる。

いつからこんなシステムがあるのか分からないが、昔はいちいち聞き入れていた時代があったのかもしれない。


嫌気が差したのか面倒臭くなったのか分からないが、勇者アプリと魔王アプリは神の奇跡を『民営化』したシステムなのだ。

そもそも運命を捻じ曲げるなんてどうでもいいんですよ。


俺はただあの世界でゲームを楽しみたいだけなんだ。

ウララの張りつめた顔が笑顔になる。

メグムも帽子で目線を隠しているが、笑っているのが見て取れる。

そちら側の人間として認められたのだ。

ほら、メグムさん!

やっぱりサクトさんは私と同じ趣味の方だったでしょう?


私、ますますサクトさんのことが気に入りました。

これからもよろしくお願いしますね!

ただ一ついいですか?
はい?

勇者アプリと同じように、魔王アプリも複数あっても不思議じゃないですよね?

流石だね。

その通りだよ、少年。

ウララとメグムが顔を向き合わせ頷き合う。

今話したことはすべて理想論だ。

実際は上手くいってないから犠牲者が出る。


そもそも新たな勇者と魔王が生まれるメカニズムはまだ分かっていない。

俺の時も突然女神に「今日から貴方は勇者です」って言われただけだからな。


だからせめて今活動している全ての魔王とコンタクトを取りたい。

仲間には内緒で君の地域の魔王探し、協力してくれないか?

そう、これこそが勇者の集いの目的。

そしてサクトをそちら側に引き入れたい理由だろう。

魔王も君達にバレないか、ギリギリのところで活動してるんだよ。

勇者を殺して来たのが魔王であることには変わりない。


人々のためにやっていることだが、使い方を間違えば証拠の残らない殺人者と同じだ。


憎しみの連鎖が広がる前に、俺達が魔王を保護し管理する必要がある。

殺伐としたデスゲームではなく、敵と協力して優しいシステムに作り替えたい――

それはつまり予定調和の茶番劇でもある。


恐らくすでに事件は起こってしまったのだろう、リアルで。

さっきのアルバイトの男はその関係者なのかもしれない。

ちなみに把握している魔王を紹介してくれたりは?

すまん、少年。


素性を明かさないことも契約の一つだ。

魔王は勇者に恨まれてもおかしくない存在だからな。

ウララさえ知らない。


だが魔王の力を借りたければ俺に相談してくれ。

善処してみよう。

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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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