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文字数 2,377文字

お隣の琴吹市はオフィス街や大型商業施設も多く、近所で最も活気ある中心街だ。

あいにく天気は曇り空で、もしかしたら一雨来るかもしれない。

そのためか普段よりは人通りが少し少ないと感じるココナであった。

煌咲さん、この辺詳しいのね。

迷子になりそうなくらい入り組んでるのに。

普段通ってる道だけだけどね。

ちょっと定期的に来る用事があって……。


それにしてもサクトくん、どうして離れて歩いてるんだろ……

用事を済ませ駅に向かう二人の後を、まるでストーカーのようにサクトだけ距離を取って歩いている。

しかもキョロキョロと挙動不審だ。

心にやましいところがある人間は堂々と日向を歩けないのよ。

ほっときましょ。

……うん。

何年ぶりだっけか。

あの頃はハルとよく来たもんだが……案外この辺も変わったよなぁ。


お、あのゲーセンはまだやってるじゃん。

俺が荒らしたスコアも残ってるかな?

久々に覗いてみたいが委員長はこういうの嫌いそうだしなぁ。

……それこそ勇者アプリにうってつけだろ。

絶対その客逃がすなよ。

聞き覚えのある単語に反応し、すぐさま振り向くサクト。

人込みの中、電話中のサラリーマンや若者は大勢居る。


――どいつだ? この中に勇者アプリの関係者が?


そもそも自分が知ってる『勇者アプリ』のことを言ったのか?

まさかこの人込みの中で大声で尋ねるわけにもいかず、サクトは反転し電話中の人間の会話を盗み聞き探すことにした。

あれ? サクトくんは?
後ろを歩いてたはずのサクトが居ないことに気付いたココナ。

迷子かしら?

まぁ今の時代携帯電話があるから問題ないけど……。


……出ないわね。

どうしよ?


とりあえずLIME送っとくね。

……ちょうどいいわ。


煌咲さん、ちょっと私の買い物にも付き合って欲しいんだけど。

影浦くんが居ない今のうちに……。

委員長がすぐ横の専門店を指さした。

ほら、もう少しでプール開きじゃない?


実は私、スポブラしか持ってなくて。

暑くなってくるとラインが……。


どう選んだらいいのか教えて欲しい。









携帯電話が鳴った。

どうせ二人からだろう。


しかし今は通行人の会話を聞き逃すわけにはいかず無視する。

年齢までは分からないが男の声だった。


だが見つけたところでどうする?

声をかけて情報交換すべきか?

ほどなくして目星をつけて同じ方向に歩いていた人間の電話はすべて終わった。

結局特定出来ず収穫はなかった。

……無駄足だったか。
LIMEを確認すると二人は今買い物中なので、喫茶店で合流しようということになっていた。

またスイーツかよ。

これだから女子共は。

繁華街に到着してから二件目である。

だが荷物持ちをさせられていたサクトもそろそろ小腹が空いてきた。

一件目ではドリンクしか飲まなかったので、ピザかサンドイッチを食べたい気分だ。


指示通り指定の喫茶店へ向かうことにする。

駅の高架下で信号待ちをしていると……

きゃあああっ!!
みんな、逃げろぉ!!

突如次々と悲鳴が聞こえてきた。

そちらへ視線をめぐらすと、暴走車がカーブから現れ歩道に突っ込んで来ていた!

まじかっ!?

咄嗟に自分も避難しようとする……が、目の前で信号待ちをしていた女性が足をもつれさせて転んでしまった。

サクトの中に思い出したくない光景がフラッシュバックする。

くそったれ!!

どうしていいか分からず、反射的に彼女を庇う様に覆いかぶさってしまう。


――判断を誤った。死んだな、これは。


そう観念したサクトだが、その瞬間は訪れなかった。

……何だ? 時間が止まってる?


エンカウントしたのか。

危機一髪のところでデスゲームが開始された。

きっと誰かが神頼みしてくれたのだろう。


だが安心するのはまだ早い。

神頼みした人間が近くに居れば、そこにモンスターもポップするのだ。

バトルコマンド、たたかう!

音声入力でコマンドを実行し、迎撃態勢を整えるサクト。

黒ずくめのハットとマントが装着され、スマホは杖へと変化する。

あ、あなたは……。

足元から女性の声がした。

考えるまでもなく、今覆いかぶさった女性が発したものだ。


しかし時間が停止した過去と未来の狭間のこの世界で、動ける人間はプレイヤーのみ……。

……あんたも勇者アプリの関係者なのか?
倒れていた女性は地味なロングスカートの黒装束に身を包む、魔法使い風のお姉さんだった。
しかも俺と同じ魔法使い……。

いえ、これは仕事の衣装でして……。

リアルでは占い師をやっております、星見ウララと申します。

立ち上がって懐から名刺を差し出す星見さん。
これはご丁寧にどうも……って、違ぁう!

そうでした!


助けようとしていただきありがとうございます。

たぶんあれでは助からないと思いますが……。

うっ……。
痛いところを突かれ絶句するサクト。

とりあえず早く移動して隠れよう。

モンスターが来る。

もう来たようです。
彼女が視線を向けた先、ポップしたモンスターが通行人を吹っ飛ばしながらこちらへ向かって来る。
バトルコマンド、たたかう!
コマンドを選択した星見がバトルスタイルにチェンジする。
うらぁ!!

高速で突っ込んできたモンスターを目にも止まらぬ早業で掴み、その勢いを利用して投げ飛ばした。

スケスケフリフリの衣装が舞い踊る。

ふぅ。


こっちの世界では激情の踊り子をやっております。

ウララとお呼びください。

武闘家の間違いじゃ……。

ん? どっかで聞いた組み合わせだな。


おっと、油断するのはまだ早いみたいだ。

先ほどと同じモンスターがさらにもう一匹、いや複数の同型モンスターが同じ方向からやって来た。

トカゲのようなモンスターに小鬼が騎乗して爆走している。


サクトも迎え撃つ態勢を取ろうとしたが、すぐにキャンセルせざるを得なかった。

さらに奥から地響きと共にバカデカいモンスターの影が見えたからだ。

こいつはやばそうだ。

一旦出直そう。

……みたいですね。
サクトはちょっと目のやり場に困るお姉さんと共に、駅の構内へと逃げ出した。
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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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