6-4

文字数 2,555文字

病院内だから電源を切ってるのか。

通じねぇ……。


こんなとこでエンカウントしたら死ぬぞ。

勇者アプリはこの世の理とは異なる超常理論で動いているため、電源が切れていようが問題なく利用できる。

マップ情報からココナがこの病院のどこかに居るのは確実だ。

一人暮らしになったのは母親が入院したからか?

だとしてもこんなとこに入り浸るのは自殺行為だ。


あいつは頭悪いからそこんとこ分かってねぇ。

さっさと避難させねぇと……。

ウララ達に応援を頼むか迷う。

エンカウントしてからでは遅い。

だがエンカウントするかどうかも分からないのに呼び出すのも躊躇われる。


やはり最善の策はさっさとココナを見つけることだ。

ただこの巨大病院の中で見つけるのは時間がかかりそうだ。

そうだ、何も俺から探さなくてもいい。
『……からお越しの煌咲ココナさん、1階ロビーで影浦サクトさんがお待ちです』


ロビーで座って待つサクト。

焦りのあまり無意識に貧乏ゆすりを始める。

遅い。

何やってんだ、ポンコツ。

死にたいのか?

実際には呼び出してからさほど時間は経ってないだろう。


だが病院という特別なシチュエーションがサクトの冷静さを奪っていく。

特にこの琴吹市立中央病院は彼にとって忘れられない、初めて人の死を目の当たりにした場所なのだ。


アプリ画面は変わらず、ココナの位置がサクトに重なっていた。

やっぱり、君がサクトくんかぁ。

突然見知らぬ女性が背後から声を掛けてきた。

白衣の看護師……いや、大学の研修生のようだ。


名札から名前も確認出来た。『皆川ミナコ』。


ミナコ……?

どこかで聞いたような……。


いや、よくある名前だ。気のせいだろう。

心配しなくても、ここでエンカウントはしないよー。

口調は軽いが、鋭く目を細めるミナコ。

この女もプレイヤーか!?

勇者の集いのメンバー達とは雰囲気が違う……そんな気がして身構えるサクト。


恐らく後ろから勇者アプリの画面を覗き見て確認したのだ。

勇者アプリは無関係な人間には何も映って見えない。

あれぇ? 警戒させちゃった?


怪しいかもしれないけど、あたしもナインボールに入り浸ってる勇者なんですけどぉ?

例の大学生プレイヤーか。

しかし勇者というところが油断出来ない。


勇者は仲間にも言えない秘密があり、未だに信用出来ないところがある。

ココナとメグムは同種のもの、だがこの女は何となく違う気がする。


なぜそんな風に思うのか上手く説明出来ないが、今の表情、サクトはどこかで見た気がした。

しかも良いイメージではない。

おかしいなー、容姿には自信があるのに。

この恰好だからかなー?


まぁいいや、昨日の今日で噂の勇者パーティーのメンバーと会えるなんて凄い偶然よね。

ココナちゃんにもさっき会ったしぃ。

なぜココナと……。

女勇者同士、挨拶くらい普通じゃない?


……と、言いたいところだけど見かけただけ。

向こうはあたしのことまだ知らないはずよー。

……ここではエンカウントしないってどういうことですか?

知りたい? この『聖域』のこと。

再び目を鋭く細めるミナコ。

ただし、私とここで会ったこと、話したことを誰にも言わないと約束してくれたらね。


もちろんパーティーメンバーにも。

そう言ってスマホを取り出しアドレスを送るミナコ。

もしも君が大人になる覚悟があるなら、あとで二人っきりで会いましょ。

耳元で囁くミナコ。

甘い吐息がサクトの鼻をくすぐる。

さて、そろそろ彼女と鉢合わせそうね。


じゃーねー。

微笑みながらミナコは業務に戻って行った。

……なぜ口止めが必要なんだ?


勇者の集いのメンバーが教えてくれない秘密……そんなにヤバいものなのか?

ほどなくしてミナコの言う通り、制服姿のココナが現れた。

……サクトくん。


どうしてここに……。

それはこっちのセリフだぜ。

病院でエンカウントしたらヤバいこと、分かってるのか?

あ、そっか。

そうだよね……。

やっぱり理解してなかったな、こいつ。

だが『聖域』とやらのことはまだ話さない方がいいだろう。

心配して待っててくれたんだ……。


ありがと!

笑顔を見せるココナだが、みるみる涙が溢れて来た。

あ、あれ?

嬉し過ぎてつい……。


大丈夫、今日は自分のハンカチ使うよぉ。

そう言ってハンカチを取り出し、俯いて顔を覆うココナ。


――ずびぃぃぃ!


やっぱり鼻もかむのかよ。

ごめんね、実はお母さんが入院してて……。

俯いてハンカチを当てたまま、ココナは隠していた事情を話し始めた。


泣き顔を覗き見るほどサクトも下衆ではない、自ら視線を逸らし黙って聞いてやる。

危険だと分かっても……


これからも何度も病院に来ると思う……。

まぁその点は解決するような気がしてきた。


神頼みの法則性を調べ始めたんだが、ここは危険じゃないのかもしれない。

まだ仮説だけど。

神頼みの法則性が気になり始めたのは事実。

しかし『聖域』に関することはまだ話すべきではないだろう。

それがどういったものなのか分かっていない。


ただ、安全であることは間違いないようだ。

そうでないと色々破綻してしまう。

だがエンカウントしたらどこだろうが必ず呼べ。


分かったな?

……うん。

こういう時、ココナの表情を確認するのが癖になっていた。


嘘をつくときココナは必ず顔に出る。

だがまだハンカチを覆ったままで、その表情は分からなかった。

……もしかしたら母親を神頼みで救おうとしてるのか?

出来るならそうしてやりたいとこだが……奇跡の代償は大きい。

こいつはいざとなったら一人でチャレンジしかねない。


ストーカーみたいになってしまうが、病院に行くときはこっそり付いていった方がいいだろう。

レベルアップの重要性も増したな。


今までのようなギリギリの勝利ではダメだ。

もっと圧倒的な力が必要だ。

それこそレベル4勇者のような……。

駅でココナと別れ、サクトは琴吹市に残った。


目的はもちろん皆川ミナコに接触するためだ。


このデスゲームを完全攻略するにはもっと多くの情報が必要だ。

何か企んでいそうな気もするが、その情報をどう利用するかは俺次第。


口止めしなければならないほどの裏事情――

聞いてみる価値はある。


俺はもう一つ先のステージへ行くぜ!

スマホを取り出し皆川さんのアドレスを検索する。


一瞬画面に反射した自分の表情にデジャヴュを感じた。

……ああ、そうか。


皆川さんは俺と同類。

目的のためなら平気な顔で他人を利用出来る人間なんだな。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色