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文字数 3,051文字

―――二日前。


女子生徒のプール授業を見晴らしのいい壇上からこっそり覗く男子生徒集団。

その中心で商売をしている狐顔の少年。

スリーサイズ限定、今なら情報割引サービス中だよ!

双眼鏡は3分100円で貸出中!

何というか、あいつほんとすげぇよ。

色んな意味で。

流石一害あって百利ありの情報屋。

時と場所もタイミング狙ってぶっこんできよるなぁ。

遠巻きでホクホク顔のハルを眺めるサクトとカナセ。


本日は1組と5組の合同体育。

プール授業は男女交代で行われる事になっており、今回は女子の番である。

男子はグラウンドで陸上競技の予定だったが、担当の星見先生が急用で呼び出され自習になったのだ。

そのため5組の乙森(おともり)カナセと煌咲(きらさき)ココナも同一授業を受けている。

自習になる事も分かってたんやろか。

まるで預言者やな。

双眼鏡は情報集めツールとして常に学校に置いてるからな。

ただの偶然だ。

サクトっちも利用せんのか?

今なら安く手に入るチャンスやで。

ココナのスリーサイズならもう知ってる。
ほほぉ、やっぱココナっちの方がええのか。

お前が期待してる答えはどうせココナか委員長だろ。

ココナの事は勝手にあいつが暴露しただけだし。

いや、もっとうろたえたり恥ずかしがるリアクションを期待してるんやけど。

面白くないやっちゃなぁ……。


でもココナっちもイズミっちもまだ発展途上やからな。

きっとその情報はもう古いで。

言いながら双眼鏡を覗くカナセ。

レンタルしてたのかよ。


っつーか、俺が知りたいのはそんな情報じゃねぇ!

お前から俺らに伝えるべき情報をまだ聞いてないぞ!

だってなぁ、ココナっちのダメージが気になるやん?

様子がおかしいのサクトっちも気付いてるやろ?

いや、いつも通り戻ってるだろ。

バカみたいにヘラヘラ笑顔見せるようになった。

だからやん。

あれは無理してる顔やで。

俺らの前ではいつもそんな調子なんだよ。

そうなん?

ワイのクラスやといつもこんな顔しとるで。

双眼鏡を受け取るサクト。

どこに居るんだ?


ん?

委員長泳げないのかよ……。

ビート板で目立つ生徒が居るなぁと思ったらイズミだった。

運動もそこそこ出来るような印象だったがカナヅチらしい。

お堅い鉄屑の壁、委員長ほど分かりやすくピッタリなスキルのプレイヤーは居ないよなぁ。


そういえば、なんでお前はアイドルなんだよ。

芸能界でも目指してるのか?

ワイの事なんかどうでもええやろ。

そんな事よりまだ見つけられへんのかいな。

ココナっち、めっちゃ分かりやすいとこにおるやん。

分かるかよ!

委員長はビート板だからすぐ見つかっただけだ!

言っとくけど水着ちゃうで?

居た。


離れたところで体育座りしている。

制服のままで。

どうやら見学のようだ。

無理してるって身体的な意味かよ。

何言っとるんや、サクトっち。

ココナっちは今まで一度も水泳の授業出たことないで?

普通の体育も隅っこで休んでること多いのに。

どういう意味だ?

生理じゃねぇの?

あかん、ココナっちが不憫になってきた……。

今までまったく気にかけてあげへんかったんやな……。

だからどういう意味だよ!?

(いや、それが普通の反応か。ワイも知らんかったら……。)


まぁその、身体が生まれつき弱いねん。

そうなのか。

ただのドジっ娘だと思ってたぜ。

…………。


なぁ、ほんまに真面目な話、ココナっちの事どう思ってるん?

またそういう話かよ。


そんな事訊かれても分かんねぇよ。

ただ少なくとも恋愛感情じゃないな。

さよか……。

正直―――この前のクエスト以来、ココナの事が気になっているのは事実だ。

いや、引っ掛かっていると言った方が適切かもしれない。

何か、とても大事な事を忘れているような気がする。


嘘っぽくても普段は喜怒哀楽が激しい彼女が、今は無感動な人形のようになっている。

みんなと居る時は見せない顔だった。

この姿を自分は昔、どこかで見たことがある気がする。

彼女が隠していた秘密の中心に居たのは、もしかして自分だったのではないか。

そしてその秘密は、けして自分から訊いてはならない禁則事項である。

そんな気がして少し彼女と距離を置くようになっていた。

(様子がおかしくなったのはこっちの方かもしれないな……。

あいつとの接し方がマジで分からなくなってきた。)

(ココナっちがサクトっちにこだわる理由、ここだけがさっぱり分からん。

大して話したこともないし同じクラスになった事もない。

接点はなかったはずや。

一目惚れするような容姿でもないと思うんやけどなぁ……。


ココナっちのグランドクエストは、もしかして予想と違うんやないか?)





―――――――――――――――――――




本日の全授業が終了するなり、サクトのクラスにやって来たカナセ。

ほれ、御賽銭や。

毎度ありー。


影浦サクト、17歳。

誕生日は4月11日。血液型はO型。

身長175cm、体重63kg。

母は報道関係者、小学4年生の妹と3人暮らし。

父は海外で単身赴任中のセールスマン。

おい、本人の目の前で何やってんだ。

何って、商売だけど?

サクトっちのこと、殆ど知らんからな。

付き合う相手のこと知りたいと思うのは当然やん?

誤解を招くような言い方するな。

本人の前で商売するな。

俺の机に座るな。

その前に俺に話すべきことがあっただろう。

いつまですっぽかすつもりだ。


俺は後いくつ突っ込めばいい?

確かにこの程度のこと、わざわざ情報料を払うことやないで?

……無視かよ。

分かってるよ。


とは言っても100円じゃねぇ。

今日は母親が泊まり込みの仕事で帰って来ないので、骨折した妹の面倒を見るのが正直めんどくさくて困ってる、この程度かな。

なんで知ってるんだよ、こいつは……。

へぇ~、そいつはええこと聞いたわ。


な? イズミっち。

……どうしてこっちに振るのかしら?

帰り支度をしていた委員長。

彼女の席はサクトの隣であるため、一部始終筒抜けだった。

ヒメリちゃん、骨折してたの?
さらにいつの間にやって来たのか、ココナまでサクトのクラスにお邪魔していた。

ええい、鬱陶しい!


俺の家庭の事情なんてどうでもいいだろ。

明日は夏休み前、最後の休み。

これはもうサクトっちの家でお泊り会の流れやな。

どうしてそうなる!?
面白そうだね。

僕も勝手にお邪魔しよっと。

お邪魔するな!

可愛い妹との二人きりの時間を邪魔すんなと?

……やっぱりシスコンなのね。

そういえば面倒くさくて、そんなこと口走ったような……。

サクトは激しく後悔した。


あ、あの、サクト君……。

私もお邪魔していい?

お料理頑張るから。

ココナのセリフに溝を感じる。

今までの自分ならあまり気にしなかっただろうが……。

どうせ食事はインスタントで済ませようとしてたんでしょ?

女子高生の手料理が食べれるチャンス。

一生に一度あるかないかのイベント。

これを見逃す手はないよね。

ああ、もう勝手にしろ!
ハルに背中を押されたようで癪だが話がまとまった。
うん、分かった。

頑張るね!

多分今、満面の笑顔で答えたのだろうが、サクトは照れ臭くて目を合わせられなかった。

(予想以上に意識してしまっている。

メンタルリセットしなくては……。)

ワイも手伝うでー。

あれ? 委員長は反対しないの?

若い男女が一つ屋根の下で不潔よーとか。

……その通りね。


だから間違いが起きないように私も付き合うわ。

来週から学期末テストだし、ちゃんと勉強させないとね。

いつもの委員長じゃない……。

門限とか大丈夫なの?

ご心配なく、私の家も今日一人だからどうとでもなるわ。

(一人で家に居るのが怖いんだな……。)

ほな決定や!

みんなでサクトっちの秘密を暴きに行くでぇ!

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登場人物紹介

影浦《かげうら》サクト


目立つことを嫌い、日陰人生を歩み続けるムッツリ根暗男子高生。2年1組。

何でも理論的に考えそつなくこなすが、リアルでは上手く行かない場合も多い。

ただ「ゲームはプログラムを裏切らない」と、ゲーム業界ではネットでも結構有名な上級者。


ロールは「爆音の魔術師」。スキルは「フレイムワークス」。

煌咲《きらさき》ココナ


キラキラしているが、影であざといと虐められてる天然女子高生。2年5組。

女友達はおらず、男友達も作ろうとしないが……。


ロールは「光の勇者」。スキルは「クラウソラス」と「ヘブンズゲート」。

四十万《しじま》ハル


サクトとは腐れ縁の狐顔のクラスメイト。

情報屋として学校でこっそり商売をしている。

内藤《ないとう》イズミ


サクトのクラスの委員長。

正義感が強く真面目な優等生だが、得体の知れないものに対しては極度のビビリ。


ロールは「鉄壁の騎士」。スキルは「アイアンメイデン」。

影浦《かげうら》ヒメリ


サクトの妹。小学4年生。構ってもらいたいマセガキ。

ゲームが大好きで意外と同級生男子にモテる。

星見《ほしみ》ウララ


喫茶ナインボールに出入りしている占い師のお姉さん。

勇者メグムのパーティーメンバー。

サクトの学校の教師に兄が居る。

至宝《しほう》メグム


喫茶ナインボールに入り浸る探偵のおっさん。

実は勇者の一人で、複数の勇者グループをまとめるリーダー的存在。

皆川《みながわ》ミナコ


喫茶ナインボールでアルバイトしてる医学部女子大生。

ウララとは仲が悪い。

玉井《たまい》クロウ


喫茶ナインボールのマスターで勇者メグムのパーティーメンバー。

喫茶店は夜はバーになり、勇者コミュニティーの溜まり場となっている。

山田《やまだ》ヒデオ


妻子を持つ叢雲商会のサラリーマン。中年のベテラン勇者。

パーティメンバーは同じ会社員だったが、二人は転勤になった。

西条《さいじょう》ネネ


ココナのクラスメイトでイジメグループのリーダー的存在。

ココナを相当恨んでいるが理由は不明。


乙森《おともり》カナセ


ココナのクラスメイト。生徒会会計で叔父は理事。

世話焼きで困っている人をほっとけない。しかし裏目に出る事もしばしば。

御門《みかど》トウヤ


サクトの高校の生徒会長。3年生。

鞘家《さやか》クロエ


サクトの高校の生徒会副会長。3年生。

本瓦《ほんがわら》リリカ


サクトの高校の生徒会書記。1年生。

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