愛犬たちとフライングディスク
文字数 1,295文字
「取っておいで!」
雪合戦にひと区切りがつき、今度は愛犬たちとフライングディスクで遊ぶ。不格好ながらも投げてやると、二頭はうれしそうに走っていく。子供の頃に少しだけ遊んだことはあるが、まっすぐに飛ばすのは結構むずかしい。コントロールが悪すぎて、何度もあさっての方向に飛んでいってしまう。「手首にスナップを利かせるといいよ」ミハイルにアドバイスをもらうも飛距離が伸びず、すぐに犬たちが追いついてしまう。つぶらな瞳の二匹に退屈そうな顔を向けられ、彩那はたじたじになった。
「あんたもやってみせてよ」
「私の業務の範疇ではありません」
苦しまぎれに直立不動のハインリヒにふってみるも、あっさり断られる。
「いっしょにやりましょう。ハインツさん」
「……承知いたしました」
ミハイルの言葉に、ハインリヒは仕方なさそうにディスクを受け取った。武蔵と小次郎にせっつかれ、彼は無言のままディスクを投げた。空を切るように、まっすぐに飛んでいくディスク目がけ、二頭は弾丸のように走る。やはりコントロールはうまいようだ……しかし、なんだかハインリヒに覇気がないような。彩那が訝っていると、武蔵と小次郎がディスクをくわえて戻ってきた。「早く投げて」とハインリヒに催促するも、彼の口元は引きつっていた。
「——なんですか。私にだって苦手なもののひとつやふたつはあります」
彩那の視線に気づいたハインリヒは、眉間にしわを寄せ言いはなつ。
「ふーん。あんなに可愛いのに」
彩那はにやにやと冷やかす。彼は極まりが悪そうに、サングラスのブリッジを指先で、くい、と上げる。
「先ほどは失礼いたしました。まさか、あなたがあんなことで泣かれるとは思いもよらなかったもので」
お堅いだけかと思ったらそうではないようだ。
「いいって別に。ミーシャがなぐさめてくれたから。わたしも今度からは気をつける。できればテーブルマナーを教えてもらいたいんだけど。高校のマナー教室しか受けたことないから」
「でしたら、ミハイル様にご教示いただけばよろしいかと」
「えっ、いいの?」
またもや意外すぎる言動に彩那は目を丸くする。
「現時点で、ミハイル様がもっとも信頼されているのは松田さんですし。他者に教授する行為は記憶の整理にも役立つでしょう」
ハインリヒの意見はもっともだ。実際に人に教えることで、教える側もよく覚えられるというし。彩那は、いそいそとミハイルのもとに駆け寄った。
「ミーシャ。都合のいいときにテーブルマナー教えてもらえるかな?」
「アヤ。ボクのためを思ってくれているのはうれしいけど、無理しなくていいよ。食事は部屋に運んでもらうこともできるから」
「じゃあ、今日の夕飯に教えて!」
始めるなら早いほうがいい。
「でも、アヤ……」
「だってそれがわたしの役目だもん」
難色を示すミハイルに彩那は断言する。婚約者のバイトとして来たのだ。彼がリラックスできるようにするために。彼が本来の自分に戻れるように。ミハイルが気づかわなくてもいいように、自分のことくらい自分でなんとかしなければ。
「わかった。そうしようか」
やる気満々の彩那にミハイルはあきらめたように笑った。
雪合戦にひと区切りがつき、今度は愛犬たちとフライングディスクで遊ぶ。不格好ながらも投げてやると、二頭はうれしそうに走っていく。子供の頃に少しだけ遊んだことはあるが、まっすぐに飛ばすのは結構むずかしい。コントロールが悪すぎて、何度もあさっての方向に飛んでいってしまう。「手首にスナップを利かせるといいよ」ミハイルにアドバイスをもらうも飛距離が伸びず、すぐに犬たちが追いついてしまう。つぶらな瞳の二匹に退屈そうな顔を向けられ、彩那はたじたじになった。
「あんたもやってみせてよ」
「私の業務の範疇ではありません」
苦しまぎれに直立不動のハインリヒにふってみるも、あっさり断られる。
「いっしょにやりましょう。ハインツさん」
「……承知いたしました」
ミハイルの言葉に、ハインリヒは仕方なさそうにディスクを受け取った。武蔵と小次郎にせっつかれ、彼は無言のままディスクを投げた。空を切るように、まっすぐに飛んでいくディスク目がけ、二頭は弾丸のように走る。やはりコントロールはうまいようだ……しかし、なんだかハインリヒに覇気がないような。彩那が訝っていると、武蔵と小次郎がディスクをくわえて戻ってきた。「早く投げて」とハインリヒに催促するも、彼の口元は引きつっていた。
「——なんですか。私にだって苦手なもののひとつやふたつはあります」
彩那の視線に気づいたハインリヒは、眉間にしわを寄せ言いはなつ。
「ふーん。あんなに可愛いのに」
彩那はにやにやと冷やかす。彼は極まりが悪そうに、サングラスのブリッジを指先で、くい、と上げる。
「先ほどは失礼いたしました。まさか、あなたがあんなことで泣かれるとは思いもよらなかったもので」
お堅いだけかと思ったらそうではないようだ。
「いいって別に。ミーシャがなぐさめてくれたから。わたしも今度からは気をつける。できればテーブルマナーを教えてもらいたいんだけど。高校のマナー教室しか受けたことないから」
「でしたら、ミハイル様にご教示いただけばよろしいかと」
「えっ、いいの?」
またもや意外すぎる言動に彩那は目を丸くする。
「現時点で、ミハイル様がもっとも信頼されているのは松田さんですし。他者に教授する行為は記憶の整理にも役立つでしょう」
ハインリヒの意見はもっともだ。実際に人に教えることで、教える側もよく覚えられるというし。彩那は、いそいそとミハイルのもとに駆け寄った。
「ミーシャ。都合のいいときにテーブルマナー教えてもらえるかな?」
「アヤ。ボクのためを思ってくれているのはうれしいけど、無理しなくていいよ。食事は部屋に運んでもらうこともできるから」
「じゃあ、今日の夕飯に教えて!」
始めるなら早いほうがいい。
「でも、アヤ……」
「だってそれがわたしの役目だもん」
難色を示すミハイルに彩那は断言する。婚約者のバイトとして来たのだ。彼がリラックスできるようにするために。彼が本来の自分に戻れるように。ミハイルが気づかわなくてもいいように、自分のことくらい自分でなんとかしなければ。
「わかった。そうしようか」
やる気満々の彩那にミハイルはあきらめたように笑った。