アルコールは強気にさせる。記憶喪失?

文字数 885文字

「突然失礼いたします。わたしはchouchou(シュシュ)の商品企画開発部の松田彩那と申します。我が社は生活雑貨を取り扱い自社製品の開発も行っております。恐れ入りますがモデルのMISHAさんとお見受けしました。ぜひ我が社のイメージモデルになっていただけませんか?」
 まだお酒が残っているせいか口が回る回る。ふだん外国の人と話すことなんてまったくないし、素面なら緊張で固まっているはずだ。ひととおりのあいさ
つと自己紹介をして彩那は名刺を提示する。彼は名刺を受けとると訝しげな表情を浮かべた。……さすがに図々しかっただろうか。相手は海外の名立たる一流ブランドや高級メゾンで活躍するスーパーモデル。日本の小売業者を相手にするとは思えない。まして会社に事前の許可を取っているわけでもなく、完全なる彩那の独断だ。それでも影響力のある人物とほんのちょっとでもつながりが持てれば。

「MISHA? それがボクの名前ですか?」 

「は?」

 予想外の言葉に彩那はあぜんとした。
「え、あの……。モデルのMISHAさん、ですよね?」
 バッグに手を突っこみ、しわしわになった雑誌を引っぱり出す。
「このページの写真。端にもMISHAって表記されていますし」
「……これは、ボクなんですか?」
 小声をたもちつつ掲載ページを見開きにして力説するも、自分の写真をのぞきこんだ彼は首を傾げるばかりだった。
――もしかしてバレたくないから、ごまかしているのかな?
 期待はずれな方向に進んでいく事態に、彩那は意気消沈していく。
「わからないんです。ナニも……覚えていない。思い出せない」
 彼は額に手を当てながらつぶやいた。
「えっ……?」
 彩那は絶句する。

 何も覚えていない 思い出せない

——記憶喪失ってこと?

 彼の言動から推測される答えはそれしかなかった。そんなドラマだかマンガみたいなことが現実にあるなんて。この小一時間とんでもないことばかりが起きたけれど、まさか記憶喪失の人にまで遭遇するとは思わなかった。
 とりあえず警察を呼んだほうがいいだろう。混乱しているのに妙な冷静さで頭が働く。ぎこちない動きで彩那はスマホを手にした。
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