シャワーとか、歴史とか 3

文字数 829文字

「うん、ありが……」
 顔を上げた彩那は固まった。

——ほ、ほんとにバスローブ着る男の人っているんだ

 シャワールームから出てきた彼の姿に釘付けになる。まるでシャンプーのCMみたいで、湯あがり肌からただよう石けんの香りが嗅覚を刺激してくる。白いバスローブから覗く鎖骨がとてもきれいだ。しっとりとぬれた波打つ金髪も、かすかに毛先から落ちる雫も……これで(よこしま)な気を起こすなってほうが無理じゃなかろうか。どきどきと心臓がうるさすぎる。彩那の煩悩だらけな視線を感じてか、ミハイルが不思議そうに首を傾げた。
「髪、乾かそう、か?」
 目が合ってしまい彩那は適当な言葉を言おうとしたが、結局欲望のはしっこを声にしただけだった。
「ああ、いいよ。自分で乾かすから」
 そりゃそうだ。親しくもないのに。気もちよさそうな髪だから触ってみたいとか、完全に動物扱いではないか。能天気な自分の思考にあきれてしまう。

「ボクの髪に触りたい?」
「へ? ……ハイ」

 困ったように問いかけるミハイルにも馬鹿正直に答えていた。生まれつき、こんなにきれいな髪色があるんだと心底うらやましい。
「……三回目でやっと染まったんだ。わたしの髪の毛。丈夫なのはいいけど地毛は真っ黒で。よく呪いの市松人形とか、怖いとか言われた」
 毛先をいじりながら彩那は、ぼやく。なんでこんなこと話しているんだと思いつつ、髪の毛つながりで出てきた話題だった。ずいぶんな言われようだが、実際小学校の卒業文集に載っている写真は、前髪ぱっつんなおかっぱだった。
「重苦しい印象だし。高校は地毛証明出せとかいうとこだったから、その点だけは楽だったけど。大学のとき初めて染めたの。でも一回じゃ全然染まらなくて、三回目でやっと。なのに明るめの色に変えたって相変わらずきついだの可愛くないだの。ふわふわの砂糖菓子じゃないから」
 そう。あのバカ男が乗り換えた浮気相手とは正反対の。
 パーマも試してみたが、この頑丈な黒髪は、ゆるふわな甘さを描くことはなかった。
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