在日ローゼンシュタイン大使館

文字数 812文字

 息を吸うと、朝もやが立ちこめる森のような匂いがした。ごろりと寝返りを打てば、ぬくいふんわりした感触に包まれる。
——ふぇ~、気持ちいい~
 コンビニの肉まんの上で寝たらこんな感じかも。まさにふっかふかで、ひと口ほおばれば熱々ジューシーな餡が飛びだしてきて。爽やかな森林の香りは甘い湯気の立った肉まんの匂いにすりかわっていた。
 あとちょっとだけ。一秒でも長くこの幸せな時間に浸っていたくて体を潜りこませる。まぶたの向こうに明るさを感じ、ひとりでに目が開いた。
―—どこ? ここ
 彩那は上半身を起こした。どう見ても自宅アパートではない。ふかふかの肉まん——肌触りのいい羽毛布団に、寝心地抜群のベッド。しかも大人ふたりが余裕で寝られそうなくらい大きい。
 ほどよい空調が効いた室内には大画面のテレビに、足をゆったり伸ばせそうなソファが置かれている。高級ホテルみたいな仕様にほうけていれば、テーブルに飾られた、はかなげな色あいのバラが目に留まった。中心は薄紫から淡いピンク色で、外側の花びらはくすんだ黄緑色をしている。興味をそそられて、ベッドから這いでようとすれば、両膝にずきっと痛みが走った。
 スカートの裾をめくれば、手当てされた膝頭が目に入る。彩那は凝視した。昨日はデニムパンツを履いていたはずだ。嫌な想像が脳内を駆けめぐった。
 たぶん、細いパンツだったからまくるのが大変だったんだろう、と都合のいい解釈で押し切る。ベッドの足元に置かれたスリッパを履く——そうだ、靴は並木通りに置きっぱなしだった。バッグもないし本当に体ひとつしかない。
 状況を飲みこむための準備なのか、単なる現実逃避なのか、妙にあれこれ頭が回る。
 コンコンとドアがノックされ、びくっとなる。反射的に「はい」と返事をした。
「失礼いたします」
 入ってきた人物に、彩那は全身を強ばらせた。そこに立っていたのは、オールバックの髪形にサングラスと黒いスーツ姿の厳つい男だった。
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