雲海 ④

文字数 679文字

 何をあやまっているのだろうか。聞き返そうとした瞬間、わずかに体がはなれて、

「それじゃあ僕のお願いを聞いてくれる?」

「え?うん、どうぞ!」

 ——って、ふたつ返事でうなづいてしまったが、何ができるのだろうか・・・・・・。

「目を閉じて」

「へ?」

「お願い聞いてくれるんでしょ?」

 ずるいなぁ。目を閉じることくらいどうということはないが。

 すると彼の両手が左手首に触れた。

 なんだろうとまぶたを開けそうになるが「まだだめだよ」ととがめる口調で言われてぎゅっとつむり直した。

 ひんやりした感触が手首にくっつく。硬い・・・・・・金属?

――まさか手錠?

 そんなわけないと思うが、なぜか頭に浮かんだのがそれだった。

「もういいよ」

 そーっと目を開けると、手首には薔薇色の石が連なるブレスレットがつけられていた。

ローゼンシュタイン(ここ)に来た記念に」

「え、こんなにいろいろもらえないよ」

「土産物店で売っているものだから気にしないで。本当に記念だから」

「で、でも」

 過剰接待が過ぎやしないか。

 あくまで彼の記憶が戻るまでの期間限定バイト。

 王子様と、ただのOLとはすれちがうことすらないのだ。

「よく似合ってる」

 ああ、どうしよう。屈託のない笑顔を向けられて心臓が高鳴って体温が上がっていく。うれしいとしか思えない。

——これは婚約者のバイトで

  暴れる鼓動に必死に言い聞かせても、一度あふれた熱は全身に散っていく。

 貴重な場面に居合わせて興奮しているだけだ。

 きっとミハイルも雰囲気に流されただけだ。

——でも

  せめてこのぬくもりに同じだけの温度を返したくて、その広い背中に腕を回した。
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