狙撃

文字数 833文字

 やがて大きな建物が見えてきた。ホテルと公民館を足したような雰囲気である。「ここでいいはずです」表札にも“ローゼンシュタイン大使館”と出ている。
「インターホン押しますね」
 男性におろしてもらい、呼び鈴を鳴らそうとした瞬間だった。
「⁉」
 ドサッと音がしたと思ったら、彼に押したおされていた。自分はものすごく馬鹿なことをしたんじゃないか。本能的な危機感と後悔がごちゃ混ぜになる。停止した彩那の思考を動揺させたのは、パンッという破裂音だった。この音は、さっきも聞こえた気がする。あたりの様子をうかがおうと、頭を上げようとすると、「じっとしてて」と男性に抱きすくめられてしまった。
——なに、なに、なに?
 いきなり押したおされて、強く抱きしめられるなんて。いったい何が起きているのか?
 疑問ばっかりが脳内に浮かぶ。でも、静かでありつつ有無を言わさぬ彼の声音に、黙って従うしかなかった。力強い腕に身動きひとつできない。密着する体に心臓の鼓動も跳ねあがってしまう。呼吸するたびに、鈴蘭の香りが肺に充満していく。しばらくそのまま何もなく……数分ぐらいだろうが何時間もそうしていたような気分だった。静けさが不気味だった。そのうち、バタバタとたくさんの足音が、近づいてくるのがわかった。
——なんか、こわい
 彩那は、ぎゅっと目を瞑る。必死に彼にしがみついた。
「パトリック様! 早く中へ!」
 聞き覚えのない男性の声。その瞬間、体が上へと持ちあげられた。
「こっちへ」
 彼に誘導され、彩那は大使館の中へと押しこまれる。そのとき、ふたつの集団が対峙しているのを視界にはさんだ。ダイヤモンド柄のスカーフを口元に巻いた集団と、サングラスにスーツの集団。
——あれって拳銃?
 そう認識した瞬間にはパンパンパンッという連続した銃声が炸裂する。
——ここは、本当に日本なんだろうか?
 陳腐な思考を容赦なく、激しい銃撃音がこっぱみじんにしていく。
 鼓膜を圧迫する恐怖の音に、彩那の意識は暗闇へと落とされていった。
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