第14話 神様はあなたを死ぬほど愛してます

文字数 3,027文字

 翌日、杏奈は意外とスッキリと目を覚ました。

 ミャーは、もう起きていてテレビを見ていた。ケーブルテレビで放送中の海外ドラマを見て、うっとりとした声を上げていた。こうして見ると本当に人間っぽい。というかちょっとオバチャンっぽい。

 ただ、昨日あんな事があっても元気そうなのは救いだ。

 杏奈も白湯とグリーンスムージーを飲み終えると、一応ミャーに餌をやり、身支度を整えた。

『本当はエサ食べなくてもいいのよねぇ』
「だったら、今まで何で食べていたのよ」
『一応最初は普通の猫のフリをしていたのよねぇ。でも気分的に食べたい時はあるのよね』

 そんな下らない会話をしながら、クローゼットから猫用のキャリーバッグを出す。

 安全なものだが、人間っぽいミャーをここに入れるのは微妙な気分になる。

『いいわよ。別に。っていうか自分で歩くのも面倒なのよねぇ。疲れるわ〜』

 ミャーは、おばさんっぽい事を言いながら、自分からキャリーバッグに入っていった。

 という事で、ミャーを藤也の教会に運ぶために出かけた。

 そういえば杏奈は藤也の教会には、一度も行って事がなかった。杏奈のアパートから細い道を歩き、5分程度で教会につく。杏奈のアパートと商店街のちょうど中間地点にあった。

 会社勤めのサラリーマンや女子高生たちは続々と駅に向かっている。この時間は田舎町でも人通りが多い。ミャーも大人しく完全に普通の猫に擬態していた。色々と空気の読める賢い猫だ。

 藤也の教会は住宅街に埋もれるうにあった。一見普通の民家で教会とはわからない。道理っで今まで意識して気づかなかったわけだ。

 二階建てだった。ニ階に礼拝堂があるようだ。外付けの階段で二階の礼拝堂に行けるようで、ちょっと二世帯住宅っぽい。

 杏奈はキャリーバックを抱えながら、一階の玄関のチャイムを押す。

 玄関の扉には、変なポスターが貼ってあった。真っ黒い背景に黄色い文字で「神様はあなたを死ぬほど愛しています」とある。どうやら「神と和解せよ」とか言ってるキリスト看板のパロディらしい。こんなに勝手に作っていいのか首を傾けたくなるが、確かにこうして見るとちょっと受け入れやすいような気もした。

 ミャーはキャリーバッグを勝手にあけて、顔だけだしてポスターをしみじみと見ていた。というか猫なのに人間のように目をうるうるさせている。

 さすがに杏奈もちょっと引くが、顔だけ出しているミャーはちょっとかわいい。

『本当に神様は、人間を愛しているのよ』
「本当に? 私も?」
『そうよ。だから神様の子供である隣人をお互いに愛しましょう、大切にしましょうって言ってるの。敵だって神様から見れば大切な愛する子供。神様は本当に人間を全員愛してるの』

 こうして聞くと、杏奈もちょっと泣きたいような気持ちにもなる。自分は一般的な日本人で信仰心のようなものはないが、無償の愛で見てくれている人がいれば本当にいいなと思う。特に杏奈は婚活に失敗しているし、カフェ店長という立場も別にセレブじゃない。年齢も着々とあがり、もう若くない。

 だから、そう言った外側の条件ではなく、無償な愛で見てくれる方がいるとしたら、心はとても休まるんじゃないかと考えた。最初は涙を浮かべるミャーにドン引きしたが、こういうのもアリだと思った。もっとも一般的日本人らしく、カルトみたいなのは、気持ち悪いので、宗教やりたいとは思わないが。

「あれ? 寝てる? 返事がないわ」
『二階の礼拝堂じゃない? 行ってみよう』

 ここでキャリーバッグを下ろして、ミャーを出す事にした。ミャーは勝手にポンポンと軽や階段を登り、二階の礼拝堂の方に入ってしまった。

「ちょ、待ってよ。ミャー」

 杏奈はワンテンポ遅れてついていく。アラフォーに片足突っ込んでいる杏奈は、階段を登るのもそうそう軽やかにはいかなかった。

 礼拝堂は、シンプルそのものだった。椅子が並び、教壇の上には説教台とピアノが置いてある。華美なステンドグラスやイエス・キリストや聖母マリアの彫像などはない。どことなく大学の小さめな教室のような印象だった。

 藤也は、礼拝堂の後ろの方でテーブルをだし、眠そうに食パンをかじっていた。寝癖もつき、顔もむくんでいる。普通に身支度を整えれば6ヶ月ぐらい寝不足な坂口健太郎に見えなくもないのに、本当に貧弱なサブカル系モヤシ男にしか見えなかった。

「よぉ、杏奈」
「杏奈って呼ばないでよ。朝食に食パンだけ?栄養偏るわよ」
『いいじゃない。朝食にパンを食べるのはエジソンがトースターを売るための陰謀よ』

 ミャーが下らない陰謀論を披露したが、昨日は断食したので、朝はパンを食べるのだと藤也は胸をはった。

「断食?」
「そうさ。健康にいいんだよ」
「ちっともそんな風に見えないんだけど」

 杏奈はため息をつき、礼拝堂のそばにあるキッチンに行ってみた。キッチンというか給湯室といった感じだが。

 冷蔵庫の中にはろくなものが入ってなく、杏奈はさらにため息をつく。ただ、粉末のスープはあったので、お湯を沸かして作った。これで栄養のバランスがとれるわけないが、食パンをかじっているモヤシ男を見ると、人間として胸が痛くなるというものだ。カフェ店長としても、しもじい人を見るのも気分は良くない。

「はい、スープよ。これぐらい飲みなさいよ」
「おぉ、杏奈。女子力たけーな!」

 揶揄われたのか褒められたのかは微妙だったが、藤也は膝の上にミャーをのせて、スープをちびちびと啜っていた。

 ミャーのアニマルセラピー効果か、暖かいスープのお陰かわからないが、藤也は少々顔色が良くなってきた。

「ところで、ミケ子の事は何か気づいた事ある?」

 藤也はゆっくりと首を振った。

「本当に悪魔崇拝者?」

 杏奈は、疑問を口にする。

「それはわからんよ。ただ、銃価が関わってる可能性もあるな」
「この町の銃価の信者がやったという事?」
『私はそんな気がする』

 ミャーは、銃価の犯行だと思っているようだった。ただ、証拠はなく「カルトだから」という理由だけでは弱い。

「でも証拠はないわね」
「そうなんだよなー」

 珍しく藤也は杏奈の意見に同意した。意外と素直なのかもしれないが、陰謀論好きの牧師だなんて、どこからどう突っ込んでいいのかわからない。

「とにかく、ミケ子を殺した犯人が捕まえられるよう祈るよ。この町の平和と安全も」

 藤也が祈りはじめるとミャーも床に降りて祈り始めた。

 奇妙な光景だ。猫が祈っているなんて。人間ぽおいミャーだが、今までで一番奇妙な姿に見えた。

『本当の動物には霊が無いので、神様に祈ったり、礼拝したり、賛美する事はできないの』

 祈り終えたミャーは、そう言った。

「へぇ。意外」
「ミャーの言う通りだぞ。本来人間だけかこうやって神様を愛する事ができるんだ」

 そういう藤也は、少しマトモな人にみえた。さすがに本職の話をしている時は、堂々として見えた。

『だから杏奈も悔い改めなさい』

 って猫に言われても。

 普段冷静で気の強い杏奈ではあるが、ちょっと怖気付く。

『神様と和解するのよ!』

 ミャーは艶々の毛を少しいからせて、叫んだ。熱い気持ちのミャーに感化されたようで、藤也はさっそく資料を持ってきて一緒に何かやり始めていた。

「なんなの、この人達……」

 ドン引きしている杏奈の姿にミャーも藤也も気づいていなかった。

 まあ、何か打ち込めるものがあるのは良い事かもしれない。杏奈は死んだ目になりながら、礼拝堂を後にした。
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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