第1話 プロローグ
文字数 1,292文字
一番大きな理由は二年以上前から始まったコロナ渦だ。年老いた両親がコロナ脳達に嫌がらせされるのは、見ていられなかった。
コロナ脳とは、陰謀論者がよく使う言葉だ。コロナを過剰に怖がり、必要以上に対策する人達を指す。時には、マスクをしていない人や営業中の飲食店も嫌がらせのように取り締まる。基本的にコロナは風邪派・茶番派の陰謀論者とは真っ向反対の位置にいる人達だ。
杏奈は陰謀論は信じてないが、ネットウォッチング好きで陰謀論界隈の頭痛い会話をチェックするのが割と好きだった。我ながら可愛げのない性格だと杏奈は思う。
なのでメイクやファッションもわかりやすく「女子」を演じていた。髪はくるくると巻き、肌もネイルケアも完璧。カバンにはバンドエイド、綿棒、消毒液、レースのハンカチなど女子力の高いものの忍ばせている。近隣の地図や英会話のフレーズをまとめたノートも入れている。
女子力高い格好のおかげでやたらと人に道を聞かれるからだ。時には外国人にも聞かれるので、英語のフレーズをまとめた本は意外と役に立つ。
もっとも杏奈は元英語教師なので、英語は少しできるわけだが、道で突然英語で話しかけられて答えられるほどの自信はない。英検やトイックなどの資格も持っていたが、実際話せるのは別問題だった。
そんな杏奈もアラフォーに片足をつっこんでいた。
いくら「女子」のコスプレをしてもタイムリミットはある。
喫茶店の経営のかたわら、婚活パーティーに参加し、最近彼氏ができた。
星野三郎といいIT企業の社員だった。顔も悪くなく、なかなかのスペックだった。同じ猫好きという事もあり趣味もあった。杏奈の頭の中にある電卓が「OK!GO!GO!」と指令を出していたので、悪い条件の男ではないはずだった。この電卓はなかなかの高性能で、損得勘定がとても上手かった。
三郎と食事をした楽しんだあと、ぶらぶらと夜の街を散歩している時だった。
杏奈は突然外国人に道を尋ねられ、シャラシャラとバタくさい英語で道案内した。
笑顔で外国人は去っていき、我ながら良い事をしたと思ったらが、三郎はブスッと顔を顰めていた。
「なんか、杏奈って俺がいなくても大丈夫そう」
「は?」
「そんな英語できるなんて、別に俺がいなくてもいいっしょ」
三郎は、エリートらしく英会話教師室に熱心に通っていたが、一向に上達しない。杏奈のこの姿を見て、心が折れてしまったという。
「という事で別れよう、俺ら」
「は?」
この日から三郎と音信不通になった。
まさに「は?」としか言えない出来事だった。
しかし、今までも似たような理由で恋愛が上手くいっていない事を思い出した。いつも「杏奈は俺がいなくても生きていけるだろう?」と言われてフラれていた。
男ってどうしてこんなプライド高いんじゃ! その癖、ガラスのハート! 別にアンタのプライド折るために英語話したわけじゃないんですけど!
杏奈はそう叫びたくなるが、何もかも手遅れのような気がした。杏奈の性格は男から好かれやすい「女子」とはかけ離れていたのだった。
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