第18話 悪魔崇拝とは一体何?

文字数 2,591文字

 藤也はホワイトボードに文字を書きながら、悪魔崇拝者の歴史について語り始めた。

 聖書を片手にホワイトボードの前で解説している藤也は、やけに楽しそうだった。子供みたいとも思ったが、元々この男は邪気みたいなものが少ない。根は腐っていないと杏奈は思う。むしろ見た目は女子力で装飾しているが、根が腐っている自覚は杏奈にもあった。

「そもそも悪魔って何かを説明しよう。杏奈、悪魔はどんなイメージか?」
「そうね、あんまり良いイメージはないよ。普通にイメージ悪い」

 藤也はホワイトボードに悪魔の絵を描く。しかし何故か光の天使という説明もついていた。

『藤也、意外と絵が上手いわね!』

 ミャーが褒めるとすっかり藤也は気分をよくしてノリノリで、悪魔の起源を説明しはじめた。

「悪魔は元々天使だったんだよ。しかもかなり上位の天使長・ルシファーだった。聖書に書いてある」
「意外。どうして天使から悪魔になっちゃったのよ」

 杏奈はすっかり冷めたポテトをテーブルに横によけ、コーラを一口だけ口に含む。

 ミャーはテーブルの上にのぼり、藤也の演説をよく見えるように眺めていた。これはは解説というより演説っぽい。やっぱり牧師は普段説教で声を出して説明する事などは慣れているのだろう。

 声も意外と通るし、聞きやすい。元英語教師としては、ちょっとジェラシーを感じてしまうぐらいだ。

「自惚れたんだ。自分こそ神様になれるって反抗した。これは聖書には書いていないので、憶測だが、神様や神様の子供に対する人間・アダムにもジェラシーがかなりあったのかも知れない。アダムっていうか人間は、天使よりも大事な子供だからね。神様の目からすると」

 ジェラシーを感じていた杏奈は、ドキッとする。

『杏奈、自惚れや嫉妬は罪よ。悪魔から出てきた感情だから気をつけて』
「う、心当たりがありすぎるって」
「まあ、それはともかく。反抗した天使は、神様になれるわけもなくあっさりと負けて地に堕とされたんだ」
「それでどうなっての?」
「悪魔として人間の誘惑したり、罪を告発するものとなった」

 藤也はため息をついてホワイトボードに描いた悪魔のイラストをペンでコンコンと叩く。

「そして、創世記3章だ。悪魔は蛇の形をとり、アダムの妻・イブに誘惑を仕掛けた」
『本当、この蛇に誘惑の仕方は最悪なのよ!』

 藤也は創世記3章を朗読した。蛇はイブに「神様のようになれる」と騙し、禁断の果実を食べさせるのに成功。

「あのー、質問していい? これって何が問題なの? 禁断の果実に毒でも入っていたの?」

 単純に杏奈は疑問だった。

「大問題さ。神様が禁じていた事に反抗したのが悪いんだよ。その上、アダムとイブは神様の前でも言い訳を繰り返してる」
『この言い訳いうアダムが女の腐ったヤツみたいで最悪なのよね』

 ミャーは若干興奮しながら叫ぶ。聖書を読んだことのない杏奈はイマイチ納得はできないが、アダムとイブは神様の言いつけを守らず、謝らず、責任転嫁したのが問題だったと結論づけた。

「それでどうなったの?アダムとイブは」
『楽園追放よ。せっかく何でも手に入れられる楽園に住んでいたのに』
「それだけじゃない。こうして人間に罪が入ってしまったから、死ぬようになった。苦しんで働くようになり、出産の苦しみも加えられた。女性は男性に支配されるようにもなった。自然も動物も神様が創った完全なものではなくなり、罪が入って不完全なものとなった。呪われてしまったんだよ」

 そういえばミャーも同じような事を言っていたのを思い出す。人類の租であるアダムとイブがこうして神様に逆らったので、神様とケンカ状態なのか。でもイエス・キリストのお陰で神様と仲直りできるというわけか。

 杏奈はキリストの看板の「神と和解せよ」の意味が再び腑に落ちる。

「呪われたのは動物や植物だけでない。この世も悪魔の支配下になってしまったんだ」

 藤也とミャーは苦い顔をしていた。

「金、名誉なんかも悪魔のオモチャになってしまった」

 キュッキュと音をたてながら藤也はホワイトボードの悪魔のイラストに横に金、名誉と書く。

「そんな……。それが悪魔のものだなんて。神様はそれでいいわけ?」

 杏奈は単純に疑問だった。お金も名誉も大事まものでがないの?

『神様はそんなものはあんまり重要だとは思ってないの。それよりは隣人を愛したり、弱者に手を貸したり、なんの損得勘定もなく神様だけを信じて欲しいと思ってる。ご利益宗教じゃないのよ』
「だったらクリスチャンはみんな貧乏で迫害されるって事?」

 杏奈はつい口を尖らせる。意味がわからない。なんのリターンもなしに、神様を信じているなんて杏奈の中には全く無い価値観だった。

「ただ、神様を信じればお金なんか生活に必要なものはオマケでついてくる。貧乏になれとは聖書には書いてない。貧乏人に施せとは書いてあるが、まず神様の事を一番にしろって書いてある」

 杏奈はよくわからない価値観ではあるが、金とか名誉よりは抜きにして、神様を信じて欲しいという気持ちはちょっとわかる。

 確かに困った時だけ神頼みする日本人は杏奈も違和感があった。まあ、無駄な事が嫌いな杏奈はご利益を求めて神社に行く事はない。それよりは自分ができる努力をした方が生産的だと思うタイプだった。それに金や名誉は、絶対的に幸福を運んでくるかと言えば微妙なところだ。金も名誉もある芸能人が自殺してたりする。

「マタイ4章にあるが、悪魔はイエス様を誘惑しるシーンがある」

 藤也は聖書をめくり、その部分を朗読する。その悪魔の誘惑の仕方が実にいやらしい。断食中のイエス・キリストに石をパンにかえろとか……。

『ここ悪魔は、自分を拝めば全ての国と栄華を見せて、自分を拝めばこれを全部あげようと言うのよね』
「つまり、悪魔を拝めば金も名誉も栄華もなんでもやるって言ってんだ。それで悪魔崇拝者達が悪魔を拝んでいるっていうわけさ」

 聖書を根拠になぜ悪魔崇拝があるのかはなんとなく杏奈もわかってきた。

「でもどうやって悪魔崇拝なんてするの? クリスチャンみたいに祈ったりするわけ?」

 この質問に藤也もミャーも「一緒にするな」と言わんばかりに顔を顰めた。

「そんな事はしない。悪魔を拝む方法は、聖書で言われている罪を犯す事と同等といっていい」

 藤也はホワイトボードの悪魔のイラストを消し、「罪」と大きく書いた。
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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