第42話 偶像崇拝って何?

文字数 1,933文字

 三郎とのデートは盛り上がらず、結局昼過ぎに解散した。

 家に着くと、ミャーに抱きつかれた。

『やったわね! 杏奈! 婚前交渉からの誘惑に打ち勝ったのね!』

 斜め上の感じで褒められ、杏奈は苦笑する他ない。

「ミャー、なんかお腹減ったわー。疲れたー」
『だったらお昼にしましょう!』

 早く帰ってきたせいか、ミャーは妙に機嫌がよかった。猫カフェの猫達も可愛かったし、大事にされているのは伝わってきたが、やっぱりうちのミャーが一番だと杏奈は思う。

 という事で、杏奈はキッチンにたち、昼ごはんを作った。あまり手間もかけずに麺類にする事にした。パスタをゆで、出来合いにミートソースをあえるだけ。ちょっと昔のパスタソースは、二人分パウチされたものが多かったが、最近売ってるものは一人分も多い。一人暮らしの杏奈にとってはとての便利だったが、ますます結婚が遠のきそうだった。実際、三郎との仲もこれ以上進展しそうな気がしない。

「というわけで、デートは最悪だったわけ。なんなの、あの猫好きは。人間の弱者の方が死んだ方がいいとも言っていたのよね」

 パスタは美味しかったが、食べながらつい愚痴が溢れる。

 隣で聞いていたミャーも何だか微妙な声を上げていた。

『その男は地雷よ、杏奈。完全に猫を偶像崇拝してるじゃない』
「偶像崇拝? なにそれ?」
『これはキリスト教でよく使われる言葉なんだけど、神様以外のもの、動物、天体なんかを拝む事を偶像崇拝というの。神様を頼らず、自分を信じる事も偶像崇拝よ。もちろん、聖書でいう罪の一つよ』
「へぇ。日本の神様はなんでも拝んでOKっていうノリだけど、偏狭ね」

 素直にそう思う。やっぱり一神教の堅苦しさのようなものは感じてしまった。

『こっちから言わせればどんな神様でもOKというノリの方がわからない』

 ミャーによると、何かを拝む&信じる行為はその対象と契約関係になるという。例えるなら夫と妻と似たような契約関係に近いんだそう。何かを拝んだら、拝んだ先のものと一体になる。霊や魂という見えない部分だけでなく健康や金銭も拝んだ先のものと一体になってしまう。

 聖書では結婚の例え話も多く、クリスチャンを「キリストの花嫁」と表現される。偶像崇拝は契約違反で浮気と同等とみなされ、神様は自分だけを信じて欲しいという。聖書でも偶然崇拝するイスラエルの民に「妬む神」「私だけが神」といい強引系俺様溺愛ヒーローみたいで素敵よ〜とミャーが説明する。

「でもキリスト教の神様ってすごい高潔? 清いのね」

 その話を聞いて、八百万の神を何でもOK!OK!という軽いノリで何でも信じるのは、正しいのかどうか杏奈にはわからなくなってしまった。

 信じる事が婚姻関係と例えられるのもちょっとロマンチックでもある。確かに自分の配偶者が、浮気していたら最悪だ。一神教で心が狭そうだと思っていたが、結婚を例えにして考えると、ごくごくマトモに思えてならない。それぐらい神様が人間を愛しているのだと言う事も理解できてきた。

『偶像崇拝を禁じているのも、それなりに理由はあるのよ。結局罪だから、悪霊も入る。一度悪霊を受け入れると、他の罪も手を出しやすくなるのよね。偶像崇拝している人は、性的に乱れていたり、金遣いが酷かったり、暴力的だったり、なんかしら別の罪も犯している可能性大ね。占いの館のそばに風俗が多いのも似たような理由よ』

 ミャーの言う事を聞きながら、やっぱり三郎は地雷男の可能性が大のような気がした。細かい事はよくわからないが、やっぱり三郎とは縁が無い気がする。

「やっぱり三郎とはもう会わない方がいい?」
『私はおススメしないわ。そんな過剰に猫を崇めている男なんて。きっと浮気か暴力のどちらをしやすいと思う。地雷男ね。やめなさい』

 ハッキリと言われると、確かに三郎とはこれ以上進展しない気がした。

 やっぱり弱者にたいしての発言は忘れられない。口が滑ったとしても、常々そんな事を考えていなければ、出てこないはずだ。

 いくら男女平等といっても女の体力はない。いくら強い女性も妊娠出産中は強制的に弱者になる。それを思うと、自分が弱者になった時の三郎の態度は手に取るようにわかってしまった。きっと妻より猫を優先するのが見て取れる。

「それにしても何で三郎は、今日私を誘ったのかしら。ちょっといい雰囲気にはなったけど、向こうも私の事はタイプじゃないと思うのよね」
『うーん、それは謎ね』

 一つ謎が残ってしまったが、このまま三郎と縁がなくても仕方ない。むしろ、この状態で縁が無い方が良いと思った。

 再び母はガッカリするだろうが、杏奈はこのままで良いと思ってしまう。

 ミャーにモフモフと柔らかい背中を撫でる。

 うん、とても幸せだ!
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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