第2話 杏奈の朝

文字数 1,617文字

 杏奈の朝は早い。5時には起きる。

 朝起きたら、白湯とグリーンスムージーを作りストレッチをしながら、ちびちびとそれを消費する。

 白湯もグリーンスムージーも「女子力高!」って感じで、朝からせっせと作っていた。

 朝食は食べない。中途半端に陰謀論の知識があるためだった。陰謀論では朝食はトースターを売るために支配者層が植え付けた習慣というのが定説だった。朝食べる小麦粉料理も消化に悪いらしい。真に受けたわけではないが、なんとなく生活に取り入れていた。

 陰謀論は基本的にのめり込まないと決めているが、この界隈の人達は今のご時世、基本的に飲食店には優しいので、カフェ店長としては参考になる。確かに今の時代はいわゆるコロナ脳をターゲットにするよりは、怖いもの知らずの陰謀論者をターゲットにした方が商売としては良いだろう。

 杏奈は白湯とグリーンスムージーを飲み干すと、メイクをし身支度を整えた。

 年相応にシミやソバカスはあるものの、メイクをきちんとすればそこそこ「女子力高!」という感じになる。眉毛の形はどれが一番顔にあうか、メイクアップアーティストに相談して決めたので、それだけでも結構垢抜ける。

 といっても一人暮らしで、今のところ彼氏がいない状況なので、オシャレしてどこかに出かける事は滅多にないが。陰謀論は半信半疑。コロナもただの風邪ではなく実際にある気がするので、遊ぶ気になれない。それに実家のカフェを継いでて忙しい。

「にゃー」

 メイクを終えた杏奈の足元に一匹の猫がまとわりついてきた。ふわふわな尻尾も振っている。

 黒猫だ。

 艶々な毛並みと黄色い丸い目が特徴的な猫だった。

 杏奈のカフェがある地平商店街で、迷っていたこの猫を保護した。首輪はしていないが、誰かが飼っていた猫の可能性が高い。

 張り紙やSNSを駆使して飼い主を探していたが、全く見つかる気配がない。仕方がないので、杏奈が家で飼い続けていた。

 黒猫には名前もつけた。名前はミャーという。

 英語ではmeowという単語がある。これが猫の鳴き声を示す単語で、名詞にも動詞にもなる。発音も猫の鳴声っぽい。

 ミャーの名前の由来はこの英単語だ。とっても可愛い英単語だが、トイックや英検などの英語教材にはあまり登場しないのは残念である。ちなみに猫がゴロゴロ喉を鳴らすという意味の英単語はpurrだ。こちらも別に英語教材にあまり出てこないが、猫好きは一緒にまとめて覚えておきたい英単語だろう。

「ハイハイ、ミャーちゃん。おはよう。ご飯ね?」

 キッチンにいき、猫用の皿にキャットフードをもりつけミャーの餌をつくった。

 ミャーは実にうまそうに餌を食べていた。この猫は、時々人間っぽい表情を見せるのが不思議だった。

 杏奈が海外ドラマを見ていると、テレビの俳優に興味があるような表情を見せてくるし、仕事から家に帰ってくると妙に嬉しそうな目をみせてくる事もあった。

 餌も安いキャットフードを盛り付けると、不機嫌そうにする。舌打ちっぽい音も出してきた事もあった。

 人間っぽい表情を見せるミャーには、時々首を傾けるが、やっぱり猫は可愛い。艶々な毛並みも触り心地は最高だ。本音でいえばミャーの飼い主は見つからなくても良いと思っていた。

 ただ、これだけ猫に癒される一人暮らしは、ますます婚期を逃しそうだ。三郎の事もあって婚活はほとんどやっていなかった。

 杏奈は餌を食べ終えたミャーの背をなで、仕事向かった。

 一瞬、ミャーが寂しそうな表情を見せたが、どうせ昼間は母親からが勝手に家に入って来ている。母親はバレていないと思ったが、スナック菓子やパンが消えているので杏奈は気づいていた。

 母親の図々しさは今に始まった事ではないので、諦めていた。時々母の好きなじゃがりこやカントリーマームをわざわざ置いているぐらいだ。

 カフェもこうして娘が継いでしまったので、退屈もしているのだろう。

 杏奈は少しため息をつき、仕事向かった。
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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