第8話 神と和解せよ

文字数 2,373文字

 杏奈は自分の事は無神論だと思っていた。もちろん、宗教も信じていない。八百万の神も信じていなかった。自然は単なる自然だ。それにある分野にだけ特化している神というのも人間的で何の憧れも持てない。

 杏奈が幼少期の頃は、オウム真理教が騒がれていた。そのおかげで宗教は怖いイメージもある。ちなみに日本では無神論者は一般常識のある人間にも見られるが、海外では全く逆だ。神様の存在自体を否定している無神論者はアタオカ扱いされるらしい。

『私はキリスト教の神様の使いよ』
「キリスト教?」

 意外だった。てっきり猫の神様とか言いそうな雰囲気だったが。

 杏奈にとっては「聖☆お兄さん」のイエスやクリスマスの人というイメージしかない。一般的な日本人ならその程度だろう。

「ぶっちゃけ興味ないわ」
『言うと思った! これだからご利益大好きな偶像崇拝国家の人は』

 ミャーは呆れていた。

 人間のようの足組んで座っている。どことなく哀愁が漂い、おじさんみたいだ。その姿も猫だからちょっと可愛いわけだが。

 ミャーは人間と神様の話を始めた。神様は、6日かけて世界や人間、動物や植物を創造し、7日目に休まれた。

 1週間は7日で、日曜日に休む習慣もここから来ているとニミャーは説明する。西暦もイエス・キリストの誕生を元にしているし、確かに全世界の習慣はキリスト教の神様を基準にされている事が多いと杏奈も気づく。

 そういえば陰謀論者が日ユ同祖論をよく引用していた。日本のルーツはユダヤ教に関係しているトンデモオカルト論だが、全く関係ない気もしなくなってきた。

 ミャーに聞いても日ユ同祖論については教えてくれない。何か知っているようだが、人間の救いや成長には影響しないからと教えてくれない。

 こうして隠されると返って日ユ同祖論が本当のような気もしてくるが、確かに今はそれは大筋ではないだろう。

「ふーん。神様がこの世界を創ったのね」
『意外とあっさり受け入れたわね』
「日本は八百万の神の国だから、神様の話は割となんでも受け入れるのよ。ご利益があるなら尚更イージーに受け入れるわよね。あとイベント出来れば何でもいいから」
『いい面もあるって事ね。八百万の神については偶像崇拝だから私としては大いに問題あるけど』
「まあ、基本的に同調圧力も強いから唯一絶対の神で他は許せねーっていうワンマンなノリは受け悪いかも」
『だから日本は宣教の墓場なのよね……』

 ミャーはため息をつきつつ、話を続けた。

 キリスト教の神様はアダムとエバという人間を創った。二人は仲良し夫婦だったが、エバの前に蛇が現れた。蛇はエバを巧みに騙し、神様が禁じていた果実を食べるさせる。さらにエバはアダムにも果実を与え、アダムも食べてしまう。

「なんでこんな事しちゃったの? エバ、最低ね」
『エバばっかり責めないで。アダムがちゃんと神様の言葉を伝えて無かった可能性もあるのよ。っていうか蛇が悪いでしょ。エバを過剰に悪く言ってるところはカルトだから気をつけて。聖書でそのシーンの続きを読むとアダムが先に神様に呼ばれているから、責任はアダムの方が重かった』

 そう言われるとと反論できない。

 こうして人類に罪が入り、アダムとエバは楽園を追放されてしまった。神様との関係も断絶してしまい、アダムとエバの息子・カインも殺人の罪も犯す。

 杏奈も大学の一般教養の時間でこんな話は聞いた事があった。猫が言葉を発している状況が面白く、ついつい耳を傾けてしまった。

「神様可哀想。それでどうなったの?」
『まあ、いろいろあったんだけど、最終的にはイエス・キリストをこの地上に送ったの。その十字架の死と復活によって神様との関係が回復できるの』
「へぇ」

 いくら宗教に興味のない杏奈でもイエス・キリストが十字架にかけられた事は知っていた。なぜこんな酷い死に方だったのか謎だったが、こういう事情だったのかと腑に落ちる。

「それにしても神様厳しくない? 普通、殺してしまう?」
『人間の罪というのは、罪のないものの血の犠牲がないと消えないのよ。旧約時代は、動物の生簀を捧げてた。ちなみに人間は罪があるからいくら生贄にしても全く無意味。そんな人間の努力や善行でも罪は浄められないわ』

 ここでミャーは悲しそうな表情を見せる。

『その点、イエス様は罪のない完璧な神様。イエス様を信じる事によって、神様と関係を解決できるのね。イエス様が人のために罪を背負って生贄になってくれたと言えばわかりやすいかしら?』
「そういうもんかー」

 杏奈はイマイチ納得できないが、キリスト教徒が何を信じているかはわかっていた。

『だから杏奈もイエス様を信じて神様と和解しなさい!』
「あ、よく『神と和解せよ』って看板に書いてあるのはそういう意味だったのね」

 地平町はどちらかといえば田舎だ。田舎には、キリスト看板というものがあり「神と和解せよ」とか「死後さばきにあう」と書かれた看板がある事は知っている。黒地に黄色や白い文字で書かれたキリスト看板はインパクトが強い。最近はネットでネタにされ「ネコと和解せよ」なんて言われているようだが。

「ところで猫と和解する必要ってある?」
『キリスト看板のパロディね』

 ニャーは呆れたようにため息をつく。

 アダムとエバが罪を犯す前は、動物もエデンの園で完璧に美しい存在だったらしい。ただ、二人の堕落後はその巻き添いを受け、動物も植物も未完成な状態になったという。死なななければならなくなったし、毒があったり、自然や人に害がある動物は、このせいだとミャーは決めつけていた。

『猫だって本当は、人間よ、神と和解せよ!ってずっと思っているはずよ。巻き添い食ったんだから』
「そういうもんなのかなー」

 イマイチ納得はできないが、楽園にいたオリジナル状態の猫はどんな姿なのかとても気になってしまった。
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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