第48話 明日への希望
文字数 2,158文字
「だから、助動詞のうしろの動詞は原型だってば。あ、この文は第四文型で……」
「あー、英語難しい!」
店が閉店した後、杏奈はマユカに英語を教えていた。
バッグヤードにマユカの悲痛に満ちた声が響く。
「なんで、英語って難しいの。っていうか文法用語が呪文にしか聞こえないんですけど」
マユカは口を尖らせ、英語のテキストをボールペンでつっつく。
「仕方ないわよ。日本の英語文法は、エリートが作った感じだから、砕けたスラングとか出てこないのよねぇ」
「スラング知りたい!」
「いや、その前にこの問題集を終わらせてしまいましょう」
「杏奈さん、怖っ!」
大袈裟に怖がりながらも、マユカは英語の問題集を終わらせた。
あの事件以来、マユカの家・坂口家は大変そうだった。
母親の梨子は、意識混濁やパニックがあり、精神病院に入院中だ。先日、自殺未遂騒ぎもおこしたようで、しばらく退院できない話だった。結局梨子の罪は、法に問えない状態だったが、こうなってしまった以上は、それなりの報いは受けているようだった。
まあ、猫殺しに全く関与していないマユカでもさらに学校に行けなくなってしまい、杏奈がこうして勉強を教えて、夕飯も食べさせてやっていた。
救いなのは、マユカの父はカルトを脱退して家に帰るようになった事だろうか。マユカによると今のところ、不倫はやっていないという。
「ねえ、マユカ。色々辛いと思うけど、自殺だけはしないでね」
「え? 自殺」
「昔、私の生徒でも一人いたのよ。それで担任の先生も責任感じちゃって、結構大変な事にもなったし」
「そっか……」
マユカは下を向き、英語のテキストを閉じる。少し難しい話題だったが、杏奈は今のマユカを見て、ついつい語ってしまった。
損得勘定好きの杏奈だが、結局困っているマユカを見捨てられない。もしかしたら、器用貧乏で一番損するタイプなんじゃないかと最近思い始めている杏奈だが、人並みに良心のようなものはあったのかもしなれない。
「藤也さんにもミャーちゃんにも辛いだろうけど、自殺するなって言われてるんだ」
「へぇ。そうなんだ」
「うん。キリスト教では自殺はダメなんだって」
「それは聞いた事あるね」
「神様は私を死ぬほど愛してるから、自殺したら神様を悲しませる事になるんだって。神様は私の事もとっても高価に思っていて大事にしてるらしい」
「そうね。そうかもしれないわね」
杏奈も藤也やミャーが言いたいことは完全に理解するのは無理だったが、神様が人間を愛している事はわかる。そうではなかったら、猫のように可愛いだけの動物なんて創らないはずだ。
肉や皮になったり、役に立つものだけ創ったわけでは無いところを見ると、小さくて可愛い動物の保護や世話をしながら愛を学ぶように言っているような気もする。損をして利益にならない事をするのも愛なのかもしれない。損得勘定ばっかりやってた自分は愛はなかったかもしれないと気づく。特に婚活中に相手の年収ばかり見ていた自分は、結婚できなくて当然だったのかもしれない。
「それに神様は試練も与えるけど、必ず逃れの道も備えてくれてるんだって。耐えられない苦しみも悲しみも神様が一緒に担ってくれるとか。だから、今が辛くても大丈夫じゃないかと思い始めた」
「そっか」
「いざとなったら教会に間借りして居候してもいいって言われたし、とりあえず死なずにはすみそう」
少し笑っているマユカを見ていると、今は辛そうだが、大丈夫そうな気もしていた。
「ところで、杏奈さん。いつものお礼にアイシングクッキー作ったんだ」
マユカは、スクールバッグからラッピングされたアイシングクッキーを取り出した。薔薇や鈴蘭がデザインされたSNS映えしそうな可愛いクッキーだった。
「これ、マユカが作ったの?」
「うん!」
「ちょっと、マユカ。料理の才能あるんじゃない? 薔薇の花びらも一枚一枚とても綺麗にかけてるじゃない」
珍しく褒められたマユカは、顔を真っ赤にして頷いていた。
「アイシングクッキー作って起業している人もいるし、何かやってみればいいじゃない?」
「うん。勉強以外の何かやってみるよ。とりあえず、SNSに作ったアイシングクッキーの画像を上げてみる」
「いいね。あと、うちもゴールデンウィークあたりは忙しくなるから、バイトしない? 短期で最低賃金だけど」
マユカをバイトに雇う事は前々から考えていた。少しコミュ障ではあるが、仕事ぶりも丁寧だし、少し手伝って貰っても良い気がしていた。それに少しでもお金が有れば不安感も拭えるかもしれないと考えた。
「いいんですか?」
「ええ。ちゃんと出来れば夏休みも来てほしいけど、いい?」
「うわーん、杏奈さん! ありがとう!」
泣いて喜ぶマユカを見ながら、やっぱり損得勘定ばかりは出来ないと思い始めた。少しぐらい損しても良い気もした。事件の後、頭の中にある電卓の性能が落ちてそうだが、別に良いだろう。
「あと、夕飯も奢ってくれてミャーも時々貸してくれると嬉しいです! ミャーの動画とってSNSにアップしていい? 絶対人気猫になれるわ〜」
「マユカ、あなた意外と図々しいわね」
「いいじゃないですか。ミャーは可愛いです」
「それは同意ね」
少しいい気分になっていた杏奈だったが、ちゃっかり者のマユカには苦笑する他なかった。
「あー、英語難しい!」
店が閉店した後、杏奈はマユカに英語を教えていた。
バッグヤードにマユカの悲痛に満ちた声が響く。
「なんで、英語って難しいの。っていうか文法用語が呪文にしか聞こえないんですけど」
マユカは口を尖らせ、英語のテキストをボールペンでつっつく。
「仕方ないわよ。日本の英語文法は、エリートが作った感じだから、砕けたスラングとか出てこないのよねぇ」
「スラング知りたい!」
「いや、その前にこの問題集を終わらせてしまいましょう」
「杏奈さん、怖っ!」
大袈裟に怖がりながらも、マユカは英語の問題集を終わらせた。
あの事件以来、マユカの家・坂口家は大変そうだった。
母親の梨子は、意識混濁やパニックがあり、精神病院に入院中だ。先日、自殺未遂騒ぎもおこしたようで、しばらく退院できない話だった。結局梨子の罪は、法に問えない状態だったが、こうなってしまった以上は、それなりの報いは受けているようだった。
まあ、猫殺しに全く関与していないマユカでもさらに学校に行けなくなってしまい、杏奈がこうして勉強を教えて、夕飯も食べさせてやっていた。
救いなのは、マユカの父はカルトを脱退して家に帰るようになった事だろうか。マユカによると今のところ、不倫はやっていないという。
「ねえ、マユカ。色々辛いと思うけど、自殺だけはしないでね」
「え? 自殺」
「昔、私の生徒でも一人いたのよ。それで担任の先生も責任感じちゃって、結構大変な事にもなったし」
「そっか……」
マユカは下を向き、英語のテキストを閉じる。少し難しい話題だったが、杏奈は今のマユカを見て、ついつい語ってしまった。
損得勘定好きの杏奈だが、結局困っているマユカを見捨てられない。もしかしたら、器用貧乏で一番損するタイプなんじゃないかと最近思い始めている杏奈だが、人並みに良心のようなものはあったのかもしなれない。
「藤也さんにもミャーちゃんにも辛いだろうけど、自殺するなって言われてるんだ」
「へぇ。そうなんだ」
「うん。キリスト教では自殺はダメなんだって」
「それは聞いた事あるね」
「神様は私を死ぬほど愛してるから、自殺したら神様を悲しませる事になるんだって。神様は私の事もとっても高価に思っていて大事にしてるらしい」
「そうね。そうかもしれないわね」
杏奈も藤也やミャーが言いたいことは完全に理解するのは無理だったが、神様が人間を愛している事はわかる。そうではなかったら、猫のように可愛いだけの動物なんて創らないはずだ。
肉や皮になったり、役に立つものだけ創ったわけでは無いところを見ると、小さくて可愛い動物の保護や世話をしながら愛を学ぶように言っているような気もする。損をして利益にならない事をするのも愛なのかもしれない。損得勘定ばっかりやってた自分は愛はなかったかもしれないと気づく。特に婚活中に相手の年収ばかり見ていた自分は、結婚できなくて当然だったのかもしれない。
「それに神様は試練も与えるけど、必ず逃れの道も備えてくれてるんだって。耐えられない苦しみも悲しみも神様が一緒に担ってくれるとか。だから、今が辛くても大丈夫じゃないかと思い始めた」
「そっか」
「いざとなったら教会に間借りして居候してもいいって言われたし、とりあえず死なずにはすみそう」
少し笑っているマユカを見ていると、今は辛そうだが、大丈夫そうな気もしていた。
「ところで、杏奈さん。いつものお礼にアイシングクッキー作ったんだ」
マユカは、スクールバッグからラッピングされたアイシングクッキーを取り出した。薔薇や鈴蘭がデザインされたSNS映えしそうな可愛いクッキーだった。
「これ、マユカが作ったの?」
「うん!」
「ちょっと、マユカ。料理の才能あるんじゃない? 薔薇の花びらも一枚一枚とても綺麗にかけてるじゃない」
珍しく褒められたマユカは、顔を真っ赤にして頷いていた。
「アイシングクッキー作って起業している人もいるし、何かやってみればいいじゃない?」
「うん。勉強以外の何かやってみるよ。とりあえず、SNSに作ったアイシングクッキーの画像を上げてみる」
「いいね。あと、うちもゴールデンウィークあたりは忙しくなるから、バイトしない? 短期で最低賃金だけど」
マユカをバイトに雇う事は前々から考えていた。少しコミュ障ではあるが、仕事ぶりも丁寧だし、少し手伝って貰っても良い気がしていた。それに少しでもお金が有れば不安感も拭えるかもしれないと考えた。
「いいんですか?」
「ええ。ちゃんと出来れば夏休みも来てほしいけど、いい?」
「うわーん、杏奈さん! ありがとう!」
泣いて喜ぶマユカを見ながら、やっぱり損得勘定ばかりは出来ないと思い始めた。少しぐらい損しても良い気もした。事件の後、頭の中にある電卓の性能が落ちてそうだが、別に良いだろう。
「あと、夕飯も奢ってくれてミャーも時々貸してくれると嬉しいです! ミャーの動画とってSNSにアップしていい? 絶対人気猫になれるわ〜」
「マユカ、あなた意外と図々しいわね」
「いいじゃないですか。ミャーは可愛いです」
「それは同意ね」
少しいい気分になっていた杏奈だったが、ちゃっかり者のマユカには苦笑する他なかった。
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