第２５話　陰謀論者の襲来

　長谷川が帰ると、藤也はダラダラとカフェに居座り、途中でノートパソコンも教会から持ってきて仕事も始めてしまった。オムライスやカレー、サンドイッチなどの軽食も杏奈が引くほど食っていた。大食いの藤也に女子大生や主婦の客はびっくりして目を丸くしていた。

　教会で配る週報に載せる一言コラムを作っているという。

「ところで、このパワースポットや引き寄せの法則の本はどうすればいいの？」

　杏奈は長谷川が置いていった本を抱えて藤也に聞いてみた。

「ああ、あれは捨てていい。っていうか捨てた方が良い」
「そこまでする？」
「ああいったスピリチャルの本には悪霊ががはいる扉だからな。聖書にも魔術のグッズを燃やすシーンもある。売るより完全に捨てた方がいい」
「そう思うと怖いわね。私の友達もスピリチャルやって自己破産した人いるんだけど」
「それはそうなるよ。スピリチャルやって幸せになれる人なんていないだろ」

　それを聞いて杏奈は、長谷川が置いていったパワースポットや引き寄せの法則の本を厨房のゴミ箱に捨てにいった。

　この事件をミャーと藤也の調査で解決できるかどうかは、わからない。ただ、スピリチャルに頼るよりは勝算がある気がした。

「いらっしゃいませ」

　ちょうど昼過ぎ、客がやってきた。見た事のない顔の客だった。

　30歳ぐらいの女性でこのカフェの客層ともあっているが、ちょっと派手な赤い髪はサブカル女子っぽい。しかも変なシャツをきていた。シャツにはおどろどろしい書体で「ワクチンは人体実験だ。人口削減されますか？」と書いてあった。

　どう見ても陰謀論好きの女だ。その証拠にマスクもしていない。

「藤也先生じゃないですか」
「なんだよ、小雪ちゃんじゃん」

　予想通り小雪と呼ばれた陰謀論好きの女は、カウンター席の藤也の隣に座った。

　杏奈は、小雪にグラスに入った水をだす。メニューもこう言いながら渡す。

「ごめんね。うちは感染対策は緩いけど無添加のものは、ハーブティーぐらいだから」
「え！？　何で私がアンチ添加物の陰謀論好きだってわかったんですか」
「いえ、見ればわかると思いますが……」

　小雪は根っからアンチ添加物のようで、本当にハーブティーしか注文しなかった。やっぱり陰謀論者は添加物嫌いが多いようだ。藤也も大手メーカーのパンがどっさり添加物入りで、中の人ですら食べないと言っていた事を思い出す。

　ちょうど昼過ぎで客が少ない時間帯とはいえ、藤也と小雪の辺りはなんとなくディープなサブカル臭も漂っているように感じた。

「店長さん、このワクチンとマスクのチラシは貼ってくれたりします？」

　小雪はカバンからチラシを何部か散り出した。そこのはワクチンやマスクの健康被害が書かれていた。ホラーのような雰囲気のチラシで、この呑気で居心地の良いカフェの雰囲気とはそぐわない。

「うーん。困ったわね、一部だけだったら貼ってもいいわよ」

　さすがの杏奈のドン引きしながら、一部だけカフェの掲示板に貼ってやった。カウンター席近くの壁にある掲示板は、たった一枚のチラシだけで、少し雰囲気が変わってしまった。まあ、真に受ける人が万が一いたら、陰謀論者のチラシだと一応言っておこう。

「ところで藤也先生。この町で猫が殺された事件を噂で聞いきましたよ」

　小雪はカバンからメモ帳を取り出して藤也に根掘り葉掘り聞いていた。ハーブティーもかぶ飲みし、何回かおかわりしていた。よっぽどこの事件に関心があるらしかった。

「小雪さんはフリーライターなんだよ。陰謀論の本も出しているんだから」
「いやぁ、藤也先生の考察には負けますって！」

　二人はしばらく頭の痛い陰謀論で盛り上がっていた。こじつけにしか見えない理論が多かったが、本人達はなかなか楽しそうだった。とくに最近自殺した芸能人は悪魔崇拝儀式で殺されたと盛り上がっていた。

「ところで、一つ聞きたいんだけど悪魔崇拝儀式なんて本当にあるの？」

　ミケ子が殺された理由はその可能性も考えられると思いはじめていたが、陰謀論論好きが言うような事はあるかわからなかった。

　小雪や藤也は芸能人に自殺も他殺と決めつけていたが、今のところ証拠はない。

「あるわ」
「絶対あるぞ。聖書にも悪魔崇拝儀式の描写があるんだよ」

　二人は自信満々に言い切った。

　藤也によると聖書の時代、カナン人という人種は呪われているのだという。カナン人は神様ではなく、バアルという悪魔を崇拝した。イスラエル人は本当は神様の命令をきき、カナン人を聖別して滅ぼす必要があったが失敗。

　生き残ったカナン人はさらに悪を極め、子供を生贄にしたり、両替業などでの不正に儲けたりしていたらしい。そんなカナン人達の血筋が脈々と現代まで続いているという話だった。

「本当にそんな事あるの？」

　杏奈は半信半疑だったが、こんな風に聖書を基準に説明されるとありような気もしてくる。

「今はエンターティメントでやたらと生贄をテーマにしたもんのが多いのよ」
「それは知らなかったわ」

　小雪のスマートフォンでAmazonの検索結果を見せてもらうと漫画やライトノベルに生贄になった主人公の話がかなり多い事がわかる。アニメになっているものもあった。どれも生贄になったけど何故か幸福になりました☆というノリだ。これだけ見ていると生贄が良いものかのように錯覚しそうだ。

「出版社は銃価が関わっているのが多いからな。本当に銃価の連中が、生贄に関わっている可能性があるんだよ。こういうエンタメもプロパガンダか予測プログラミングの一種さ」
「そんな事って……」

　藤也の言葉に杏奈は言葉がない。こうして証拠を見せられると、杏奈も少し心が揺れてくる。

「っていうか、本当に悪魔崇拝生贄は何のためにやってるの？　本当に成功したりするの？」

　杏奈はそれも疑問だった。

「一見するわよ。最近自殺したとされる芸能人の事務所がやたら大きくなっていたりしているのよねぇ」
「それに自殺したとされる芸能人の俳優中間も突然代役が決まったり、本当に怪しいな。人気も実力もそんなあったわけじゃないのに」

　ここまでいくと単なる陰謀論ではあるが、スピリチュアル で最初は願いが叶うと聞く。ご利益を求めて悪事をする人が全くいないとは杏奈は考えられない。むしろ、自分も損得勘定が働く方だから、「得」の方を見せられば悪に傾いてしまう気持ちだけは何となくわかる。

「この町でいなくなった猫もやっぱり悪魔崇拝儀式なの？」

　杏奈の問いに二人とも深く頷く。

「空谷が言っていたけど、中学生とかがイタズラっていう可能性はゼロではないの？」
「それもあるけど、あんな魔法陣のそばで殺す必要はないだろ。それに警察も何か隠してる。それが何よりの証拠だよ」

　完全には信じられない。ただ、やっぱり藤也が言う事の方が可能性が高いと感じ初めていた。