第10話 藤也と再会

文字数 2,450文字

 外に出たミャーは、必死な顔で走っていた。杏奈もミャーの後を小走りでついてはいく。

 アパートから細い道をぬけ、駅まで続く市道を歩く。

「ミャー、どこ行くの? このまま行くと商店街の方に行っちゃう」
『うるさいわよ。猫の誰かが苦しみを受けてるの。助けなきゃ』
「苦しみって何?」
『わからない。ただの私の勘違いだといいんだけど!』

 ミャーはかなり慌てていた。

 本当はミャーを抱きしめて杏奈が走った方がいいのかもしれないが、とにかくミャーが走るので追っていた。

 ミャーとこうして会話する姿は、側から見ると大分おかしいかもしれないが、田舎の夜は人気がないので、その点は安心だ。田舎でアタオカ扱いされたら噂が広まって色々面倒だ。

 街頭と月明かりのおかげで、足元が見えないほど暗くは無いが、やっぱり安易に夜出てよかったかはわからない。

 ミャーは、ついに地平商店街の中に入った。街頭の光はあるが、人気は全くない。ケーキ屋も花屋も書店もお茶屋も、もちろん杏奈のカフェもシャッターが降ろされていた。

 賑やかな昼間の様子と比べると、人気のない商店街は別世界のように思えた。

「ちょと、ミャー? 本当にどこ行くつもり?」

 商店街を抜けると、薄暗い雑木林がある。商店街は駅にも近いが、少し暗い場所にも近い。雑木林は、変な噂もある。一度入ったら神隠しにあうとか、異世界に繋がっているとか。お陰で地平町の住民からは怖がられ、放置されていた。ちょっとした心霊スポットになっているという噂もあった。

『うるさい、杏奈は黙っていて』

 ミャーがそう叫んだ瞬間、そばに人がいるのに気づいた。しゃべる猫を見てかなりびっくりとした表情を見ていた。

「猫が喋ってる? は? どういう事?」

 ミャーは、明らかに「しまった!」と言う顔を見せていた。その表情がとても人間らしくて、それだけでも単なる猫に見えない。どうもミャーの顔の筋肉は普通の猫と違うようで表情豊かだ。

 杏奈は、その人をよく見てみた。見覚えのある顔だった。正直会いたく無い相手でもあった。同じ中学だった柏木藤也(かしわぎとうや)だった。

 藤也はとにかく変わり者の男だった。オカルトやUFO、陰謀論が大好きで、休み時間は「ムー」という雑誌を愛読していた。当時はよく知らなかったが有名なオカルト雑誌らしい。

 クラスでは浮に浮きまくり、いじめっ子やヤンキー達も怖気付くほどの変わり者だった。

 成績がよく、意外となんでも論理的に話す。今で言えばネットでよくある「論破」というやつだ。

 当時杏奈は、アイドルやv系バンドマンにハマってキャーキャー騒いでいたのだが、藤也に「悪魔崇拝芸能人なんてどこがいいの?」と水をさされた。それ以来、杏奈と藤也は犬猿の仲となった。藤也の細い目の塩顔も可愛げがなく、実に嫌味ったらしい。黙っていれば6ヶ月ぐらい寝不足の坂口健太郎に見えなくはないのに。

 地平町でカフェを継いでから何度か藤也と顔を合わせたが、会うたびに嫌味を言われ、カフェは藤也は出禁にしている。

 論理的で「論破」大好きな藤也だったが、しゃべる猫に面食らっていた。この嫌味っぽい男がこんな反応なのは、ちょっと面白くなったが、藤也はミャーに話しかけていた。しゃがんで視線も合わせている。杏奈もつられてミャーのそばに座った。

「お前、なんで話せるんだ?」
『知らにゃい!』
「信じられないかもしれないけど、この子話せるのよ。なんか自称・キリスト教関係の猫らしい」

 杏奈はとても冷静にざっくりとミャーの事を説明した。いい歳した男女が猫を取り囲んで会話する様子は、なんてもシュールであるが、なぜか藤也は深く頷く。

「そうか。君は御使いなんだね。私は牧師だ。協力出来る事はなんでもしよう」

 そういえば藤也はこの町の教会で牧師をやっていた事を思い出した。両親の教会を受け継いだという話は噂で聞いていた。ただ、藤也はネットで陰謀論も発表しているらしく、陰謀論ファンも信徒になっているらしい。杏奈のカフェにも陰謀論好きが客として来ていた。

 真澄が牧師と結婚したことについて、微妙な気持ちになったのもこの藤也の事を無意識に思い出したからだろう。そういえば、藤也も金が足りなくて時々コンビニでバイトしているのを見かけた。

 杏奈はその事を思い出して、冷めていく気持ちになってきたが、ミャーは牧師と聞いて藤也に喉をならして懐いてきた。初対面の時の杏奈より懐いているように見えて、ますます杏奈の気持ちは冷めていく。

 ミャーの話は、牧師の藤也にとっては自然に受け入れられる話らしい。ミャーはここに来た事情を話したが、あっという間に藤也と意気投合していた。

「そんな藤也がいいなら、私の家から出ていったら?」

 杏奈はついそんな事も口走る。杏奈は見た目は女子力が高いが、けっこう中身は気が強く毒舌だった。女子っぽく擬態するのは下手ではないが、こんなこと言う自分の中身は男っぽいという自覚はあった。

「おぉ、杏奈は相変わらず気が強いな」
「杏奈って気安く呼ばないでよ」
『私は一応女の子だから、オスの藤也と暮らしたくないわ』
「そっかー、だったら杏奈の家にいた方がいいな」

 何が面白いのか藤也は声をあげて大笑いしていた。

「だったらミャー、昼間はうちに来いよ。一緒に伝道や宣教について計画を練ろうじゃないか」
『そうするわ。昼間は藤也のとこ行く』

 ミャーは自分が可愛い動物である自覚があるのだろう。すりすりと藤也に擦り寄っていた。可愛いと思っていたミャーだが、こうして見るとぶりっ子系女子にしか見えず、杏奈は「ケっ!」というような表情をしてしまう。実際、藤也も目尻を下げてミャーの背中を撫でている。

「ところでミャー、どこか行くつもりじゃなかったの?」

 杏奈は自分がなぜここにいるかを思い出し、ミャーに話しかけた。

『忘れてた! 仲間が危なかったんだ!』

 ミャーはハッとし、再び走り始めた。

「ちょっと、待ってよ。ミャー、どこに行くのよ?」

 杏奈は再びミャーを追いかけたが、藤也もついてきた。
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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