第4話 猫がいなくなった

文字数 1,946文字

 杏奈のカフェは10時から開店だった。

 モーニング営業もしても良いのだが、常連客の老人はたいてい10時過ぎからしかこないし、昭和レトロカフェが好きな若い女性も土日の昼間からやってくる事が多い為、そうしていた。

 カフェ店内はこじんまとしていた。カウンター席が6つ、四人掛けテーブルが2つあるだけだ。

 両親が経営していた頃は、もっとテーブルす数はおおかったが、杏奈一人で経営する事を考えると、これぐらいの規模が限界だった。

 ちょうど厨房で焼いていたパウンドケーキが焼き上がり冷ました後、カウンター席のそばにあるガラスケースに入れた。

 両親から受け継いだレシピで創ったパウンドケーキはこの店の看板メニューだった。

 本当は豪華でチャラチャラしたレインボーケーキやマカロンでも創った方が良いのかもしれないが、杏奈はパティシエでもない。オシャレなメニューは今のところ一つもない。まあ、これからく客に飽きられない事を考えると、もう少し工夫をしれも良いと考えていたが。

 焼きたてのパウンドケーキの香りを吸い込んだ。今日の出来も悪くないはずだ。

 その後テーブルを拭き直し、黒い黒板状の看板を出したら、カフェがオープン準備は完了だ。ちなみにアルコール消毒やアクリル板は置いていない。

 陰謀論に同意するわけではないが、過剰な対策はさらにコロナ渦が長引く気がした。それにコロナが怖いと思っている人をターゲットにしても、今の所利益はそう増えないと考えた。

 コロナなんて怖くない派やコロナなんて茶番派をターゲットにした方が、利益に繋がると電卓を叩いた。確かにコロナ脳から嫌がらせはあるが、別に売り上げは減ったわけでもなく、むしろ安定的収入は得られていた。

 さっそく常連客の美絵と鳩子がやってきた。二人とも元々母の友達だった未亡人だ。

 60過ぎだがペチャクチャと噂話する姿は、どう見てもエネルギッシュだ。杏奈の母はあちこち身体の不調が出てきているが、この二人に限っては、一年中健康的だった。この店でケーキやお茶を楽しむのは日常の楽しみのようで、ありがたい限りだが。

 美絵は髪の毛を紫に染め、鳩子はグレーヘアだった。髪の毛だけ見るとおばあちゃんだが、ガツガツとケーキを楽しみ、キャッキャと噂話している姿は、どことなく女子高生みたいだなと杏奈は思う。この二人を見ているとちっくにコロナ以前に戻ったようで安心する。

「美絵さん、鳩子さん。メロンソーダとパウンドケーキですよ」

 杏奈は、二人のテーブルに注文したものを置いていく。

「ちょと、聞いてよ。杏奈ちゃん」

 美絵にエプロンを引っ張られ、杏奈のこの二人の噂話に参加することになった。

 今のところ他に客もきていないので、仕方がない。おばちゃんたちの井戸端会議に耳を傾ける。

「実は、家で飼っている三毛猫がいなくなっちゃったのよ」

 鳩子はグレーヘアを震わせ、心底困ったような表情を見せた。

「かわいそう、鳩子ちゃん! あんなに可愛がっていたのに」

 美絵も似たような表情を見せつた。

「三毛猫はいついなくなったんです?」

 同じ猫を飼っているもの同士、杏奈の気になる話題だった。

 詳しく聞くことにした。三毛猫の名前はミケ子といい、先日ちょっと目を離してすきに居なくなってしまったという。一応警察にも行ってみたが、今のところ手ごたえなし。

「本当に警察って最低。全然親身になってくれない」

 鳩子はパウンドケーキにかぶりつきながら、ぶつぶつと文句を言う。

「確かこの町の警察ってカルト信者が多いって言う噂よ」

 美絵は声を落として言う。耳年増の美絵は、カルト信者が起こした犯罪は警察がもみ消しているという噂を披露した。

「確かに警察がカルト信者って最低ですね」

 真意はともかく杏奈も頷く。

「そうよ。一般市民の人権はどうなの?って感じ」

 意外と美絵は正義感が強いらしい。

「ところでSNSでミケ子の事は発信しましたか?ネットだったら誰か知っているかもしれませんよ」

 杏奈はミャーの飼い主を探すために、SNSのアカウントを一つ作っていた。猫がいなくなった飼い主が作った情報などを拡散していた。SNSは意外と拡散力があり、これがきっかけでペットが見つかった人もいるらしい。時々動物虐待している人の情報も流れてくる事は、あまり良い気分はしないが。

 いくら元気でも60過ぎの美絵も鳩子もSNSはやっていないらしい。

 杏奈は、お節介だと思いつつミケ子の情報を打ち込み、SNSで投稿した。ミケ子の画像は鳩子もスマートフォンに保存していたので助かった。レインボー色の首輪が特徴的なので、すぐに見つかれば良いのだが。

「こんなで見つかる?」

 二人とも半信半疑だったが、杏奈は苦笑して頷く。

「まあ、何もやらないよりはマシですよ」
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登場人物紹介

橋口杏奈(はしぐち あんな)

カフェ店長。見た目は女子力高めだが、中身は男っぽく、損得勘定も好きなのが玉に瑕。

ミャー

一見かわいい黒猫。しかしその正体は…

柏木藤也(かしわぎ とうや)

町の牧師。陰謀論や都市伝説好き。

変わり者だが根は純粋。

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