第29話 今日の日常〜大相撲編6〜

文字数 2,062文字

 続いては大人の相撲大会です。大人は人数が多いため、選抜で決められました。
 狐のツユと河童の九千坊は決定しています。問題は烏天狗です。「我が出る!」「いや我が!」「いやいや我が!」と収拾がつきません。そこで豊前坊は「ワシとじゃんけんをして勝った者が出場するのじゃ」と言いました。

「ねぇ うめちよちゃん、じゃんけんって なに?」
「なになに?」
「じゃんけんというのは、今、下界で主流になっている勝者の決め方だ」
「そうだ。『運試し』のようなものだ」
「たけちよちゃん やったこと ある?」
「竹千代や梅千代だけではない、我ら烏天狗は皆が知っている。面白いのだぞ」
「我らが小天狗の中では、我が強いぞ!」
「いや我が!」
「いやいや我が!」
「ねぇ じろうにいちゃん、われ われ われ われ いいよらす(訳……ねぇ二郎兄ちゃん、我我我我言ってる)」
「なんか面白かね。あはははははは!(訳……なんか面白いね。あはははははは!)」
「じろうにいちゃん、ずっと わらいよらす……(訳……二郎兄ちゃん、ずっと笑ってる……)」

狐の子どもと河童の子どもは、天狗の子どもを無視して大人の勝負を見守りました。

 「皆の者ぉ、手を掲げるのじゃあ!」
「おぉぉぉぉ〜!」
「いくぞー!さ〜いしょ〜から〜!」

豊前坊はそう言ってパーを出しました。日頃「最初はグー」で始まるじゃんけんなので、天狗たちは皆、グーを出しました。

「ほっほっほっほっ……皆、負けじゃの」
「ぐっ!謀られた!」
「我もだ!」
「さすがは豊前坊様!策士じゃ!」

 そんな中、豊前坊に勝った天狗もいました。与彦と夜彦です。いつも豊前坊の隣にいる二人は、豊前坊の考えなどお見通しです。

「豊前坊様の事はお見通しゆえ」
「こう来る事は想定内にございます」
「むぅ、悔しいのう」

 豊前坊は少し嬉しそうな顔をしました。

 今回はこの四人で闘うことになりました。一試合目の取り組みは、九千坊と夜彦です。
九千坊は今まで負けなし。夜彦は前回、翼の骨を折るほどの重傷を負ってしまい出場できていません。今回の勝負、夜彦は燃えています。

 二人は一礼し、塩を適度に撒いて構えました。行司の武彦の顔つきも変わりました。

「はっけよーい……」

と声がかかった時、夜彦は焦って体が前に出てしまいました。

「おっとと……、失礼した」
「クァ、気魄の見ゆる(訳……クァ、気魄が見える)」

 二人は気をとりなおして構えました。行司の大きな声が山の中に響き渡った時、二人は一斉に前へ踏み込み互いのまわしを掴みました。
九千坊が右に倒そうとすると夜彦は負けまいと足を踏ん張り、夜彦が左に倒そうとするも九千坊も負けまいと足を踏ん張りました。互いに一歩も譲らず緊張が走ります。
夜彦は黒い翼を使って上へ飛ぼうとしました。九千坊を持ち上げて上から叩き落とす作戦です。羽根を使う事は反則ではありません。むしろ烏天狗の特徴でもあるので、使えるものは使います。しかし九千坊はそれを読んでいました。夜彦が翼を広げて足の踏ん張りを緩めた瞬間、改めて全身に力を込めて夜彦を右へと傾けて、そのまま自慢の腕力で夜彦を投げ飛ばしました。
夜彦は翼を広げて投げ飛ばされる勢いを落とそうとしましたが、九千坊の力が強すぎてそれは出来ませんでした。

 二人は一礼をして後ろに下がりました。

「いいなぁ、我も早く大きな翼が生えぬだろうか」
「我も……」
「我も……」

 次の試合は、ツユと与彦です。この闘い、与彦は燃えています。なぜなら前回もツユと当たり、押し出されて負けてしまったからです。

前の二人に引き続き、この二人も淡々と塩を撒き構えました。

 行司の掛け声とともに二人は早々のがっぷり乙です。そこからしばらく二人は動きませんでした。行司が声を張り上げて尻を叩きます。すると二人は一度離れて、張り手を浴びせました。二人の手と手が重なって良い音を出しています。その妙技に周りの大人たちからは拍手が生まれました。それでも決まらない勝負、二人とも息を切らしながらまたまわしを取り合いました。
そして、ツユが右手一本で、与彦は左手一本で互いに投げとばそうとし、二人はほぼ同時に土に手をつきました。
 その瞬間、鈍い音がしたのをアキは聞き逃しませんでした。

行司の軍配は与彦にあがり、周りの大人たちは声を上げながら拍手をしました。

 一礼をした二人はそれぞれに下がりました。

 アキはすぐさまツユを縁側へ呼びました。ツユは左腕をブラブラとさせながら素直にアキの元へと足を運びました。

「ツユ!」
「ご主人申し訳ありません、負けてしまいました」
「そ、それより……」

アキはツユの目を、睨みをきかせて見つめました。するとツユは急に膝から崩れ落ち、意識を失ってしまいました。

「ツユさま!」
「ツユさま!」
「安心しておくれナツ、フユ。眠っただけだよ」

 アキはハルを呼び寄せ、ツユを抱えて寝室へ運びました。ナツとフユもそれについて行きました。

一連を見ていた豊前坊は、「むぅ」と髭を撫でました。

「力が強くなっておる……抑えきれるかのぉ?」
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