第46話 今日の日常〜夜彦編〜2
文字数 1,808文字
「で、お前たち、この穴を掘った理由を言いなさい」
玄関先に吊るされたナツとフユの前で、腕を組んだツユが問いかけました。さすがはツユ、あんなに深い穴に落ちても無傷で戻ってきました。
「ぐす……ぐす……」
「ひっく……ひっく……」
「泣いていても分かりませんよ」
ツユは二人のお尻を思い切り叩きました。凄い音です。ナツとフユのお尻は、瞬く間に赤く腫れ上がりました。吊るされた事で振り子のように動くナツとフユ、まるで玩具のようです。
「ツユ、大人気ないですよ」
「大人気ないのではありません。大人の本気の力を見せているのです」
「ツユ、お客様の前だから!ね?」
ツユはアキの声でようやく周りを見渡しました。アキの横に立っている夜彦を見ると、「夜彦様!」と驚きました。
「夜彦様、お戻りくださいませ!皆様が騒いでおりました」
「騒いでいた?」
「夜更けにいなくなったと、皆様がお探しです。じきにこちらにも……」
「その「じき」と言うのは、今のことかな?」
四人が、声のする空に顔を向けると、黒い大きな翼を羽ばたかせる与彦が、舞い降りてきました。
「おやぁ、与彦さん!」
「アキ殿、息災でなによりだ」
「与彦」
「夜彦!全て聞かせてもらった。皆が探しておる。帰るのだ」
「与彦、我は英彦山には帰らぬ」
与彦は首を傾げ、眉間に皺を寄せました。
「何を世迷いごとを」
「世迷いごとではない。我は、英彦山に居る資格などないのだ」
アキは、夜彦の握り拳から血が滴り落ちるのを見逃しませんでした。そして、アキが天狗の二人の間に入りました。
「夜彦さん、与彦さんと一緒に戻ってください」
「アキ殿、我は……」
「自分の不甲斐なさに腹立たしい。自分の弱さにうんざりする。その気持ちはよく分かりました。でも、それは言い換えれば、『まだ強くなれる素質がある』と言うことでしょ?与彦さんは、どう思いますか?」
アキに問われた与彦は、素直な気持ちを口にしました。
「我は、我らは、夜彦の帰りを待っておる。夜彦の攻撃力の高さ、突破力は日本一だ。持久力や防御力は無いに等しいが、お主はまだまだ若い。ここで己に負けるのはもったいない。それに……」
「それに?」
「お主は底抜けに明るい。皆までも明るく照らすその心持ちは、お主にしかない才能であり、お主の役目ではないのか?」
「だ、そうですよ?」
アキは夜彦の握り拳を手に取り、「治れ」と言いました。夜彦の滴っていた血は止まり、手のひらは傷一つなく、綺麗ないつもの夜彦の手に戻りました。
「ね?ここは私の顔に免じて、お帰りください」
アキは、にっこりと笑いって見せました。すると与彦と夜彦は、アキにつられて笑顔になりました。
二人は、お礼を言って帰っていきました。泣きながら歩く夜彦の肩を組む与彦の後ろ姿は、家族そのものでした。
「うまいことをおっしゃいましたね」
「『伸びしろがある』とは、確かにその通りです。さすがはご主人」
ハルとツユはアキににっこりと笑いかけました。アキもにっこりと笑い、ツユに、ナツとフユを助けるように言うと、ツユは素直に従い、ナツとフユを下ろしました。子どもたちはツユにお礼を言いました。そして、アキが、穴を埋めるように言うと、二人の小狐は返事をして穴を埋め始めました。
「夜彦さん、とても悩んでいたんだろうなぁ。血が出るまで拳を作って」
「そうですね」
「『スランプ』と言うやつですね」
「スランプ?」
「スランプ?」
「えぇ、物事において伸び悩む時期を、あちらの世界では『スランプ』と言うそうです。それを脱した時、夜彦様はグンと強くなられるでしょう」
「ツユ、物知りだねぇ」
「さすがはツユ!私は嬉しゅうございます」
ツユは気を良くし、穴を埋めているナツとフユのお手伝いを始めました。
その日の夜、ナツとフユは狐の姿に戻って、満月輝く空に向かって自分のお尻をさらけ出していました。
「お前たち、何をやっているのですか?」
「ツユさま、ハルさまに おしえてもらいました」
「まんまる おつきさまに、いたいところを みせると、なおしてくれるって」
「これで おすわりできる!」
「これで おすわりできる!」
寝床の支度をしているツユは、大笑いしました。
「良いことを教えて差し上げましょう」
「やったぁ!」
「なになに?」
「お前たち、ハルに騙されていますよ」
二人は「えーっ?」と叫びました。その声は、家中に響き渡りました。
今宵も、賑やかな夜になりましたーー。
玄関先に吊るされたナツとフユの前で、腕を組んだツユが問いかけました。さすがはツユ、あんなに深い穴に落ちても無傷で戻ってきました。
「ぐす……ぐす……」
「ひっく……ひっく……」
「泣いていても分かりませんよ」
ツユは二人のお尻を思い切り叩きました。凄い音です。ナツとフユのお尻は、瞬く間に赤く腫れ上がりました。吊るされた事で振り子のように動くナツとフユ、まるで玩具のようです。
「ツユ、大人気ないですよ」
「大人気ないのではありません。大人の本気の力を見せているのです」
「ツユ、お客様の前だから!ね?」
ツユはアキの声でようやく周りを見渡しました。アキの横に立っている夜彦を見ると、「夜彦様!」と驚きました。
「夜彦様、お戻りくださいませ!皆様が騒いでおりました」
「騒いでいた?」
「夜更けにいなくなったと、皆様がお探しです。じきにこちらにも……」
「その「じき」と言うのは、今のことかな?」
四人が、声のする空に顔を向けると、黒い大きな翼を羽ばたかせる与彦が、舞い降りてきました。
「おやぁ、与彦さん!」
「アキ殿、息災でなによりだ」
「与彦」
「夜彦!全て聞かせてもらった。皆が探しておる。帰るのだ」
「与彦、我は英彦山には帰らぬ」
与彦は首を傾げ、眉間に皺を寄せました。
「何を世迷いごとを」
「世迷いごとではない。我は、英彦山に居る資格などないのだ」
アキは、夜彦の握り拳から血が滴り落ちるのを見逃しませんでした。そして、アキが天狗の二人の間に入りました。
「夜彦さん、与彦さんと一緒に戻ってください」
「アキ殿、我は……」
「自分の不甲斐なさに腹立たしい。自分の弱さにうんざりする。その気持ちはよく分かりました。でも、それは言い換えれば、『まだ強くなれる素質がある』と言うことでしょ?与彦さんは、どう思いますか?」
アキに問われた与彦は、素直な気持ちを口にしました。
「我は、我らは、夜彦の帰りを待っておる。夜彦の攻撃力の高さ、突破力は日本一だ。持久力や防御力は無いに等しいが、お主はまだまだ若い。ここで己に負けるのはもったいない。それに……」
「それに?」
「お主は底抜けに明るい。皆までも明るく照らすその心持ちは、お主にしかない才能であり、お主の役目ではないのか?」
「だ、そうですよ?」
アキは夜彦の握り拳を手に取り、「治れ」と言いました。夜彦の滴っていた血は止まり、手のひらは傷一つなく、綺麗ないつもの夜彦の手に戻りました。
「ね?ここは私の顔に免じて、お帰りください」
アキは、にっこりと笑いって見せました。すると与彦と夜彦は、アキにつられて笑顔になりました。
二人は、お礼を言って帰っていきました。泣きながら歩く夜彦の肩を組む与彦の後ろ姿は、家族そのものでした。
「うまいことをおっしゃいましたね」
「『伸びしろがある』とは、確かにその通りです。さすがはご主人」
ハルとツユはアキににっこりと笑いかけました。アキもにっこりと笑い、ツユに、ナツとフユを助けるように言うと、ツユは素直に従い、ナツとフユを下ろしました。子どもたちはツユにお礼を言いました。そして、アキが、穴を埋めるように言うと、二人の小狐は返事をして穴を埋め始めました。
「夜彦さん、とても悩んでいたんだろうなぁ。血が出るまで拳を作って」
「そうですね」
「『スランプ』と言うやつですね」
「スランプ?」
「スランプ?」
「えぇ、物事において伸び悩む時期を、あちらの世界では『スランプ』と言うそうです。それを脱した時、夜彦様はグンと強くなられるでしょう」
「ツユ、物知りだねぇ」
「さすがはツユ!私は嬉しゅうございます」
ツユは気を良くし、穴を埋めているナツとフユのお手伝いを始めました。
その日の夜、ナツとフユは狐の姿に戻って、満月輝く空に向かって自分のお尻をさらけ出していました。
「お前たち、何をやっているのですか?」
「ツユさま、ハルさまに おしえてもらいました」
「まんまる おつきさまに、いたいところを みせると、なおしてくれるって」
「これで おすわりできる!」
「これで おすわりできる!」
寝床の支度をしているツユは、大笑いしました。
「良いことを教えて差し上げましょう」
「やったぁ!」
「なになに?」
「お前たち、ハルに騙されていますよ」
二人は「えーっ?」と叫びました。その声は、家中に響き渡りました。
今宵も、賑やかな夜になりましたーー。