第26話 今日の日常〜大相撲編3〜

文字数 1,559文字

 わんぱく相撲の第一試合目は、ナツと三郎の対決です。

「いいですかナツ、正々堂々とやるのですよ」
「はい!ツユさま!」
「いいですかナツ、相手が自分よりも小さいからと言って油断してはなりませんよ」
「はい!ハルさま!」

ナツはハルたちの声援を受けながら、土俵の東側に立ちました。

「三郎、しっかりぶつかれよ!(訳……三郎、しっかりぶつかりなさい!)」
「とちゃん、がまだす!(訳……父ちゃん、頑張る!)」
「三郎、はっ倒せよ!(訳……三郎、ハリ倒せよ!)」
「たろうにいちゃん、じろうにいちゃん、おれ やるよ!(訳……太郎兄ちゃん、二郎兄ちゃん、俺やるよ!)」

三郎は九千坊たちの声援を受けながら、土俵の西側に立ちました。

 今日の行司は烏天狗の武彦(たけひこ)です。物言いは認めません。
ナツと三郎は塩を一掴み持ち、一礼して土俵の中に入りました。そして、塩を思い切り撒きました。
土俵の外では二人に向けた声援が絶え間無く飛びました。そして、二人が相撲を取る体制を取ると、声援はなくなり静かになりました。そこで行司の声がかかります。

「はっけよーい……のこったぁ!」

 その言葉が行司の口から出た瞬間、ナツと三郎は思い切り前に踏み込み、肩と肩を合わせてぶつかりました。二人とも互いのまわしをとり、がっぷり乙の体勢に。

「ナツー!がんばれー!」
「三郎、気合いば入れんか!(訳……三郎、気合いを入れろ!)」

土俵の中も外も盛り上がってきました。

「ふんっ……」
「うーんっ……」
「今です!腰を入れなさい!」
「今ぞ!横に振れ!(訳……今だ!横に振れ!)」

行司の声も大きくなります。その時、先に行動に出たのはナツです。腰を入れ、三郎を土俵際まで押しました。が、三郎も粘ります。土俵から出まいと足の指を使って土を掴みます。しかし三郎は力尽き、足が土俵の外に出てしまいました。周りの大人たちは二人の健闘をたたえました。ナツは笑顔、三郎は涙目です。一礼をした二人は、それぞれ土俵から降りました。

「ハルさま!ツユさま!フユ!わたし かちました!」

 飛び跳ねながら大喜びするナツとフユですが、ハルとツユの顔は強張っていました。そして、ツユは二人の前に立ち、ナツとフユの頬を平手打ちしました。その破裂音は辺りに響き渡り、周りの大人たちの注目を浴びました。大喜びしていたナツとフユは唖然とした顔をして鋭い目をしたツユを見ました。そしてハルが口を開きました。

「あちらをごらんなさい」
「へ?」
「え?」

 ハルが指を指したその先では、三郎が大泣きしながら九千坊にしがみついていました。九千坊は『よくがまだしたな(訳……よく頑張ったな)』と三郎の頭を撫でており、太郎と二郎は三郎を囲むようにして、三郎の背中をさすってあげていました。

「いいですかお二方、勝負とは『勝ち負け』です。勝者がいるならば敗者もいます。勝者はもちろん懸命に闘って勝ちを得ました。ですが、懸命に闘ったのは敗者も同じです。敗者は負けたくて負けたのではありません。勝ちたいと思い、懸命に闘って負けました。相手がいたからこそあなたは勝てました。相手を敬い、感謝なさい」
「……ごめんなさい」
「……ごめんなさい」

二人の目には涙が溜まり、それは今にもこぼれ落ちそうになるほどです。

「……よろしい」

 左の頬を少し腫らしたナツは顔を伏せ、三郎の元へ駆けていきました。そして三郎に向けて手を差し出し、握手を交わしました。その姿を見た大人は改めて二人にねぎらいの拍手を送りました。
右の頬を少し腫らしたフユは目をこすり、アキがいる縁側に走って向かいました。そしてアキにしがみつき、鼻をグスグスと鳴らします。

「あらぁ、痛かったねぇ」
「グス、ほっぺた いたい……」

 それを見ていた豊前坊は笑みを浮かべてアキの胸にしがみついているフユの頭を撫でました。
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