第52話 今日の依頼人~大きな女性編~3

文字数 1,194文字

 「ご主人、あの子、きちんと謝っていたぞ」
「あぁ、良かったぁ」
「光も出てきてたぞ」
「そうかぁ、良かったぁ」

イエナリの報告を聞き、満面の笑みを浮かべたアキは、日本家屋の屋根の上に寝ころび、星空を見上げていました。

「でな」

イエナリの言葉で、その場の空気が変わりました。彼女は、帰りの電車に轢かれ、命を落としたというのです。自殺ではなく、何者かに背中を押された形で、体が電車に向かっていったのです。

「ご主人、このことは分かっていたんだよな?」
「うん」

月が優しく微笑み、星が一つ、夜空を颯爽と駆け抜けました。その光は、日本家屋をふんわりと包み込みました。アキはイエナリに要らぬ心配をかけまいと、先ほどの満面の笑みをイエナリに見せ、「ありがとう」とお礼を言いました。イエナリは、その気遣いを知ってか知らずか、首を縦に振るだけでした。
 イエナリは屋根裏部屋に戻りました。入れ替わるようにして、ハルがお茶をもって屋根の上に上ってきました。

「ご主人、夜は冷えます。これを」
「ありがとう。あたたかそうだねぇ」

アキは湯呑を持って茶をすすり、盆の上にころころと転がった金平糖を一つ取り、口に運びました。

「ほどけるねぇ」
「えぇ、ほどけますね」
「ねぇハル」
「何でしょう?」
「なぜ私は、人の死に時が見えてしまうんだろう?」

ハルは目を細め、アキの顔を見てこう言いました。

「人の死に時を見るのは、気持ちの良いものではありませんよね」
「……見たくないのに見えてしまう。時々、苦しくなる」
「ご主人」

ハルは立ち上がり、後ろに静かに宙返りをして狐の姿に戻り、自慢の毛でアキを包みました。

「お辛いのですね。良いのです。そのような日もあります。泣きたいときは、ここでお泣きなさい」
「……泣いてないよ」
「さぁ、私のふかふかな毛並みに埋もれて、お泣きなさい」
「泣いてないよ」
「人の宿命は、ご主人と神様以外に変えることはできません。ですが、変えてはなりません。すべてが変わってしまいます。良いですね?」
「……うん」

二人は、再び夜の星を見上げました。そしてそのまま、夜明けまで眠ってしまいました。

 夜の空気に晒された二人は、見事に風邪をひきましたが、ハルはアキが「治れ」と言霊を使ってくれたおかげで、瞬く間に治りました。アキは高い熱に晒されました。ナツとフユはハルに言われた通り、アキを布団でぐるぐると縛り、懸命に看病を行いました。

 そんな時、河童の九千坊が、キュウリを持ってやってきました。九千坊は苦しむアキを見ると、自分の甲羅を少し削り、それを白湯に溶かしてアキに差し出しました。アキはそれを飲むのを拒んでいましたが、ハルに説教されて、泣きそうな顔でそれに顔を近づけました。

「うぅっ、なんか、匂いが……」
「よかけん、はよ飲まんか!!死のうごたっとか?」(訳……いいから、早く飲め!!死にたいのか?)

九千坊からも説教されるアキでしたー-。
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