第49話 アキとハルのおでかけ3
文字数 1,816文字
扉を開けて中に入った三人ですが、その中は真っ暗です。ツユが扉を閉めると、ほのかな灯りが足元を照らしました。その灯りは三人の目線の先に延びていき、あるところで止まりました。翁様が座っているところです。三人はその場に跪き、前を向きました。
翁の姿は、老人の人型をしていますが、光の逆光で顔まで見えません。しかし、公家の格好をしているのは分かります。三人との距離はありますが、目には見えない大きな雰囲気があります。
「よく来てくれた。呼び立ててすまなかった」
突然、しわがれた声が三人の頭の中に入ってきました。三人は黙ったままです。
「皆、息災でなによりだ。赤孤も白狐も元気そうで儂は嬉しい」
「お心遣い、痛み入ります」
アキは歯切れよく答えました。
「それで、私たちを呼んだのは何でしょうか?」
「また厄介ごとですか?」
「あ!ツユ!」
翁は優しく笑いました。翁は他の狐と違って余裕がありました。ツユもハルも、翁の寛大な懐があるところが好きです。それは、豊前坊にも似ています。
「さすがは赤孤、その通りだ」
「あら、正解でしたね」
「翁様、何かあったのですか?」
翁は一つ息をつき、答えました。
「お前たちはこの間、安部という男 の子 と会ったそうだな」
「はい」
「彼の生い立ちは聞いているか?」
それにはツユが答えました。
「安部様は、狐に恨みを持っております。以前にも私に襲い掛かってきました。なんでも、家族を狐に殺されたとか。どうやらその狐は、力あるものを食っていると」
「うむ。その狐だが、八本の尾を持つ赤狐だ。名前を、八尾 という。下界で悪さをしている暴れん坊だ。九尾、お前たちよりもな」
「八本の尻尾で八尾ですか。なんとまぁ、ひねりのない名前ですね」
「ツユ!」
「九尾もひねりがないではないか」
「……グゥ」
「ツユ……」
翁はまた優しく笑いました。
「さてそれで、単刀直入に言うと、その、八尾を倒してほしいのだ」
「倒……」
「お断りします!!」
アキが問う前に、ハルがきっぱりと言いました。ツユもハルの答えに首を縦に振りました。
「どうせまた天界 では忌み嫌ったのではありませんか?私と同じように」
「天界 での居場所がなくなったのでしょう。私と同じように」
「その節は申し訳なかった」
「いいえどういたしまして」
「いいえどういたしまして」
「だがこれはお前たちに聞いていない。アキに聞いておるのだ」
二人は静かになりました。アキは緊張した面持ちです。翁は「どうだろうか」とアキに問いました。
「条件を申し上げます!」
アキは声を張り上げました。場の空気が氷のように冷たく、固くなりました。
「何かな?」
「八尾の狐がこちらに牙をむかない限り、私は動きません。あの、翁様たちは、八尾の狐を疎ましく思っていらっしゃったのですか?」
翁は、小さく首を縦に振りました。
「あやつの力は強大だ。いつ災いが起こってもおかしくない」
「……わかりました」
アキは立ち上がり、礼をして、翁のいる部屋から出ました。ハルとツユも続いて部屋を後にしました。
扉を閉め、社の外に出ると、先ほどの狐たちが待っていました。三人は一言も話すことはなく、狐たちにただ一礼をして、大きな鳥居をくぐって出ていきました。鳥居を出たところで、ハルとツユはアキに問いました。
「ご主人、どうなさいますか?」
「ご主人のご意向とあらば、私も戦う所存です」
アキは「倒さない」と言いました。
「かわいそうだよ」
「かわいそうですか?」
「八尾の狐の気持ちがお分かりになりますか?」
「違う。みんな、かわいそうだよ」
道の一番前を歩くアキは振り返り、二人の顔を、憐みのまなざしをもって見つめました。
「翁様も、ハルも、ツユも、八尾の狐も、安部様も、みんな同じなんだよ」
アキはまた歩き始めました。
「憎悪の目をもって育てられた子は、憎悪の心を生み、憎悪の心をもって、他の幸せを奪う。そしてまた、憎悪の心が生まれる……」
ハルとツユの心は、鞭で打たれたような衝撃を受けました。その衝撃は、しばらくハルとツユの心を痺れさせました。
名前も知らない木の葉が一枚、アキの目の前に落ちていきました。アキは、地面に落ちるその葉の揺らめきを目で追いかけた後、地に落ちた木の葉を避けて、洞穴まで歩き続けました。二人の狐の顔は、とてもしょんぼりしていました。ハルは静かに涙を流しながら、ツユはハルの肩を抱きながら、アキの後をついていきました。
お日様が三人に微笑み、風が優しく三人を励ましてくれました。
翁の姿は、老人の人型をしていますが、光の逆光で顔まで見えません。しかし、公家の格好をしているのは分かります。三人との距離はありますが、目には見えない大きな雰囲気があります。
「よく来てくれた。呼び立ててすまなかった」
突然、しわがれた声が三人の頭の中に入ってきました。三人は黙ったままです。
「皆、息災でなによりだ。赤孤も白狐も元気そうで儂は嬉しい」
「お心遣い、痛み入ります」
アキは歯切れよく答えました。
「それで、私たちを呼んだのは何でしょうか?」
「また厄介ごとですか?」
「あ!ツユ!」
翁は優しく笑いました。翁は他の狐と違って余裕がありました。ツユもハルも、翁の寛大な懐があるところが好きです。それは、豊前坊にも似ています。
「さすがは赤孤、その通りだ」
「あら、正解でしたね」
「翁様、何かあったのですか?」
翁は一つ息をつき、答えました。
「お前たちはこの間、安部という
「はい」
「彼の生い立ちは聞いているか?」
それにはツユが答えました。
「安部様は、狐に恨みを持っております。以前にも私に襲い掛かってきました。なんでも、家族を狐に殺されたとか。どうやらその狐は、力あるものを食っていると」
「うむ。その狐だが、八本の尾を持つ赤狐だ。名前を、
「八本の尻尾で八尾ですか。なんとまぁ、ひねりのない名前ですね」
「ツユ!」
「九尾もひねりがないではないか」
「……グゥ」
「ツユ……」
翁はまた優しく笑いました。
「さてそれで、単刀直入に言うと、その、八尾を倒してほしいのだ」
「倒……」
「お断りします!!」
アキが問う前に、ハルがきっぱりと言いました。ツユもハルの答えに首を縦に振りました。
「どうせまた
「
「その節は申し訳なかった」
「いいえどういたしまして」
「いいえどういたしまして」
「だがこれはお前たちに聞いていない。アキに聞いておるのだ」
二人は静かになりました。アキは緊張した面持ちです。翁は「どうだろうか」とアキに問いました。
「条件を申し上げます!」
アキは声を張り上げました。場の空気が氷のように冷たく、固くなりました。
「何かな?」
「八尾の狐がこちらに牙をむかない限り、私は動きません。あの、翁様たちは、八尾の狐を疎ましく思っていらっしゃったのですか?」
翁は、小さく首を縦に振りました。
「あやつの力は強大だ。いつ災いが起こってもおかしくない」
「……わかりました」
アキは立ち上がり、礼をして、翁のいる部屋から出ました。ハルとツユも続いて部屋を後にしました。
扉を閉め、社の外に出ると、先ほどの狐たちが待っていました。三人は一言も話すことはなく、狐たちにただ一礼をして、大きな鳥居をくぐって出ていきました。鳥居を出たところで、ハルとツユはアキに問いました。
「ご主人、どうなさいますか?」
「ご主人のご意向とあらば、私も戦う所存です」
アキは「倒さない」と言いました。
「かわいそうだよ」
「かわいそうですか?」
「八尾の狐の気持ちがお分かりになりますか?」
「違う。みんな、かわいそうだよ」
道の一番前を歩くアキは振り返り、二人の顔を、憐みのまなざしをもって見つめました。
「翁様も、ハルも、ツユも、八尾の狐も、安部様も、みんな同じなんだよ」
アキはまた歩き始めました。
「憎悪の目をもって育てられた子は、憎悪の心を生み、憎悪の心をもって、他の幸せを奪う。そしてまた、憎悪の心が生まれる……」
ハルとツユの心は、鞭で打たれたような衝撃を受けました。その衝撃は、しばらくハルとツユの心を痺れさせました。
名前も知らない木の葉が一枚、アキの目の前に落ちていきました。アキは、地面に落ちるその葉の揺らめきを目で追いかけた後、地に落ちた木の葉を避けて、洞穴まで歩き続けました。二人の狐の顔は、とてもしょんぼりしていました。ハルは静かに涙を流しながら、ツユはハルの肩を抱きながら、アキの後をついていきました。
お日様が三人に微笑み、風が優しく三人を励ましてくれました。