第44話 アキの正体2

文字数 1,897文字

 「あなた、狐に怨みでもあるのですか?」

ツユの言葉に、安倍がハッとしました。ツユは続けて言いました。

「あなた以前、私に『家族の仇』と言って襲いかかってきましたよね?ほら、京の川のほとりで涼んでいた時の事ですよ。もしや、妖狐に家族を傷つけられたのですか?」
「……そうや」
「そうですか。ですが、私は身に覚えがありません。何か勘違いされてませんか?」
「おんなじ狐やから……」
「あらあなた、それが『人間』の仕業だったら、家族の仇として関係のない人間を傷つけるのですか?」
「それは……」

安倍は黙ってしまいました。ツユは続けて言いました。

「狐もそれぞれです。ゆめゆめ、お忘れなく」
「やけど……」
「仮に、犯人が分かったところで、あなたの力では無理です。所詮は人の子。力などたかが知れています。おやめなさいおやめなさい」
「ほんでも、俺は諦めへん!死ぬのんは怖ない!」

 その時、アキが、「ツユ」と口を開きました。

「お薬を一つ、安倍様に渡しておくれ」
「ご主人それは……、わかりました」

 ツユはアキから体を離し、水の入った桶から一つの魂を掴み取り、それを安倍のところまで持っていきました。その間、アキは安倍に説明します。

「これを飲めば、あなたの言霊の力は増大します。それで妖狐を倒せましょう。ですが、あなたは『羅刹(らせつ)』となり、理性を失い、いずれは人を喰らうようになるでしょう。顔も醜く、血肉は朽ち果てていきます。痛いですよ。どうしますか?」

 安倍は後退りをしましたが、目の前に差し出された、妖艶に光り輝くそれを見て、震えた手でそれを掴みました。それは意外にも、氷を掴んでいるかのように冷たいものでした。手のひらの熱で溶けていきそうな感覚です。

「あなた、狐を倒して、その後はどうなさるのですか?本当にそれでよろしいのですか?」

 アキの問いに安倍は困惑していきました。眉間にシワを寄せ、歯を食いしばり、首筋から汗が吹き出してきました。その時、安倍の足元から声をかけられました。ギンガとギンゴです。

「ほんまに食べるん?我、もっと弥琴と一緒におりたい」
「ほんまに食べるん?我、もっと弥琴と笑いたい」

 ギンガとギンゴは耳を伏せ、安倍に平伏しました。安倍は顎を震わせ、一粒の涙を、頬を伝って床に落としました。アキがまた問いました。

「あなたは一人じゃない。こんなに優しい『家族』がそばにいるではないですか」

 アキは目隠しを外し、目を見開きました。金色に輝く目を見てしまった安倍は、吸い込まれました。そして膝から体を崩し、音を立てて倒れてしまいました。

「弥琴!」
「弥琴!」

 安倍から出てきた魂を、アキは見逃さずに手で受け取りました。その魂は少し弱々しく光り、所々、サビのような黒いマダラ模様が揺らめいていました。アキはそれを手で丁寧に剥ぎ取り、水の中に入れて綺麗にして、また取り出しました。そして、魂に向かって「幸多きことを」と呟き、優しく息を吹き込むと、その魂は勢いよく燃え始めました。アキはそれを直接安倍の背中にあてると、魂は安倍の体の中に吸い込まれていきました。

 「過去を嘆いても、どうにもならない。過去にすがって、どうするの?あなたは、過去じゃなくて、『今この時』を生きてるのに……」

アキは自ら目隠しをしました。

「ご主人……」
「『忘れろ』とは言わないけど、過去のせいで今を見つめられないのは辛い。過去のせいで夢も見られないのはかわいそうだよ。今に集中しないと……。未来の為に今を生きてほしいよねぇ」

 アキは、ギンガとギンゴに微笑みかけました。ギンガとギンゴは、大粒の涙を大量に溢し、何度も「おおきに!おおきに!」と言いました。ツユは、ふらつくアキの手を取り、その場に座らせました。

「そのような状態で人に気をかけている場合ではございませんよ!ご無理をなされては困ります!お薬の続きです。この後は風邪のお薬も飲んで頂きます!」

 アキは、笑いながら「はい」と、歯切れ良く返事をしました。安倍はまたしばらく眠り、ギンガとギンゴはまたひと時も離れずに安倍の寝顔を見続けました。

 その後、安倍は帰りました。アキは咳を一つしてしまい、ハルの手により布団をぐるぐると巻かれ、身動きが取れない状態になりました。かわいそうにと、ナツとフユがアキの看病をし、本を読んであげました。

 昼下がり、穏やかな日の光に誘われ、アキはそれに応えるように眠りました。その隣では、看病に疲れ、狐の姿に戻ったナツとフユ、ハルとツユも一緒に眠り、家鳴りの二人と八咫朗はそれを天井から微笑ましく見ておりました。

 日が傾きを増していき、また一日が終わろうとしていますーー。
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