第45話 今日の日常〜夜彦編〜1
文字数 1,350文字
ここは、とある山の中。煌々と輝くお日様の下、ナツとフユが庭に焚き火ができる程の穴を掘っている側の日本家屋の縁側で、アキが舟を漕いでいると、藍色の着物の上から割烹着を着た、色白の女性がそろりと近寄り、アキの隣に座りました。
「ご主人」
「ふゃっ?ハル?」
「起きてください……、あらあら、髪が飛び跳ねています」
ハルは着ている割烹着のポケットから丸い形の櫛を取り、アキの髪の中に差し込み、短い髪の毛を梳かし始めました。
ハルは一通りアキの髪を梳かすと、「よろしいですよ」と言って、アキの頭を優しく一撫でしました。アキはハルにお礼を言いました。お礼を言われたハルは、とても幸せな気持ちになり、にっこりと笑いました。
「言葉とは不思議なものですね。色々な心持ちにさせてくださるのですから」
「そうだねぇ」
ハルは割烹着を脱いで、ぴょんと後ろに宙返りをすると、ふわふわの白い狐になりました。四本の尻尾の先までふわふわで、その毛並みは見惚れてしまう程です。ハルは縁側で寝転がり、お腹をお日様に見せて日光浴をしました。
庭の藤棚は見事な藤の花が咲き誇り、良い香りがみんなを優しく包み込みました。
その時、家の屋根から、凄まじく大きく、『落ち込んでいます』と言わんばかりのため息が聞こえてきました。アキとハルが外に出て見上げた目線の先にいたのは、烏天狗の夜彦でした。
屋根の上でしゃがみ込み、瓦を指で撫でている夜彦に、ハルが「夜彦様」と声をかけました。
「おぉ!ハル殿、怪我は治ったのか」
「はい、ご主人のおかげで良くなりました」
「そうか。毛並みも素晴らしく良いのぅ。無事でよかったよかった」
夜彦は微笑みました。アキは「おやぁ?」と首を傾げました。
「夜彦さん、体の具合はいかがですか?」
「あぁ、アキ殿のおかげですっかり良くなった。だが……」
「心が良くないのですね?」
夜彦は頷きました。アキは夜彦に、縁側に腰掛ける様に促し、夜彦は素直に従いました。ハルは、ふわっと後ろに宙返りをしていつもの着流しの姿に変幻し、台所に行ってお茶と菓子を準備して、縁側に持っていきました。
夜彦は、ハルが持ってきてくれたお茶を、一息で飲みました。勢いよく飲み干す夜彦の姿を見て、ハルはにっこりと笑い、空になった湯呑みにお茶を注ぎました。急須から流れる緑色のお茶は、キラキラと輝いていました。
夜彦は、大相撲大会の時から、自分の力の弱さを悔やんでいましたが、先日の大怪我で戦意を喪失してしまいました。『心が折れた』と言うのです。
「強さこそが我の持ち味だった。なのに今は、与彦に手柄を取られる始末だ。我は何故生きておるのだ。分からぬ」
夜彦が話す横で、アキとハルは静かに聞いていました。
ハルはふと、獣道の方を見ると、そこから誰かが走ってやってきました。両手に買い物袋をぶら下げた、ハルと全く同じ姿をしたツユが慌てた様子でアキに駆け寄りました。
「ご主人!ご……」
その時、ツユは、ナツとフユが掘った穴に、音を立てながら落ちました。
「ツユさま!」
「ツユさま!」
「あぁ、ツユが……」
「あんな所にでかい穴を掘ったのは、あの野孤か?」
「……」
顔が引きつる三人の狐とアキ、一連を見ていた夜彦は、穴に「あぁぁ〜」と落ちていくツユを見届けることしか出来ませんでした。
「ご主人」
「ふゃっ?ハル?」
「起きてください……、あらあら、髪が飛び跳ねています」
ハルは着ている割烹着のポケットから丸い形の櫛を取り、アキの髪の中に差し込み、短い髪の毛を梳かし始めました。
ハルは一通りアキの髪を梳かすと、「よろしいですよ」と言って、アキの頭を優しく一撫でしました。アキはハルにお礼を言いました。お礼を言われたハルは、とても幸せな気持ちになり、にっこりと笑いました。
「言葉とは不思議なものですね。色々な心持ちにさせてくださるのですから」
「そうだねぇ」
ハルは割烹着を脱いで、ぴょんと後ろに宙返りをすると、ふわふわの白い狐になりました。四本の尻尾の先までふわふわで、その毛並みは見惚れてしまう程です。ハルは縁側で寝転がり、お腹をお日様に見せて日光浴をしました。
庭の藤棚は見事な藤の花が咲き誇り、良い香りがみんなを優しく包み込みました。
その時、家の屋根から、凄まじく大きく、『落ち込んでいます』と言わんばかりのため息が聞こえてきました。アキとハルが外に出て見上げた目線の先にいたのは、烏天狗の夜彦でした。
屋根の上でしゃがみ込み、瓦を指で撫でている夜彦に、ハルが「夜彦様」と声をかけました。
「おぉ!ハル殿、怪我は治ったのか」
「はい、ご主人のおかげで良くなりました」
「そうか。毛並みも素晴らしく良いのぅ。無事でよかったよかった」
夜彦は微笑みました。アキは「おやぁ?」と首を傾げました。
「夜彦さん、体の具合はいかがですか?」
「あぁ、アキ殿のおかげですっかり良くなった。だが……」
「心が良くないのですね?」
夜彦は頷きました。アキは夜彦に、縁側に腰掛ける様に促し、夜彦は素直に従いました。ハルは、ふわっと後ろに宙返りをしていつもの着流しの姿に変幻し、台所に行ってお茶と菓子を準備して、縁側に持っていきました。
夜彦は、ハルが持ってきてくれたお茶を、一息で飲みました。勢いよく飲み干す夜彦の姿を見て、ハルはにっこりと笑い、空になった湯呑みにお茶を注ぎました。急須から流れる緑色のお茶は、キラキラと輝いていました。
夜彦は、大相撲大会の時から、自分の力の弱さを悔やんでいましたが、先日の大怪我で戦意を喪失してしまいました。『心が折れた』と言うのです。
「強さこそが我の持ち味だった。なのに今は、与彦に手柄を取られる始末だ。我は何故生きておるのだ。分からぬ」
夜彦が話す横で、アキとハルは静かに聞いていました。
ハルはふと、獣道の方を見ると、そこから誰かが走ってやってきました。両手に買い物袋をぶら下げた、ハルと全く同じ姿をしたツユが慌てた様子でアキに駆け寄りました。
「ご主人!ご……」
その時、ツユは、ナツとフユが掘った穴に、音を立てながら落ちました。
「ツユさま!」
「ツユさま!」
「あぁ、ツユが……」
「あんな所にでかい穴を掘ったのは、あの野孤か?」
「……」
顔が引きつる三人の狐とアキ、一連を見ていた夜彦は、穴に「あぁぁ〜」と落ちていくツユを見届けることしか出来ませんでした。