第2話 今日の依頼人〜女優編〜2
文字数 2,613文字
「あら?ご予約のお客様です。予定よりお早いおつきのようですね」
その女は、雪のように肌が白く、緑に輝くほどの黒髪の持ち主で、一言で言うと『美人』な人です。
空色に似たワンピースを身にまとい、肩に小さな鞄をかけ、紅を差し、目元には色眼鏡をかけています。
「これはこれは美耶子 様。ようこそお越しくださいました。どうぞ中へ。ご案内いたしますゆえ」
「どうも。あなたが、噂の能力者さんかしら?」
「いいえ、私 はアキ様に仕えております、ハルと申します。この子はナツ、フユでございます」
「こんにちは おねえさま」
「こんにちは おねえさま」
美耶子と呼ばれる女は、饅頭で頬を膨らませているナツとフユの元に顔を近づけて、色眼鏡を外して笑顔を見せました。
「あら、可愛いお嬢ちゃんたちだこと」
「おじょうちゃん?」
「わたしたちは おじょうちゃんではありません」
「あ、ごめんなさい。坊やたちだったかしら」
「ぼうや?」
「わたしたちは ぼうやではありません」
「え?ご、ごめんなさいね。間違えちゃったみたいね」
「いいえ〜」
「いいえ〜」
美耶子は、ハルに促されて家の中に入りました。
昔ながらの家なので、地面と床は離れております。床下から隙間風が入り込んできました。
床に上がり、座敷へ進むと、そこには座布団が一枚だけ置いてありました。殺風景な部屋から望む風景は素晴らしく、山の上から望む海は輝きを放っていました。海から生えている島々がちょうど霞がかっており、それは、得も言われぬ美しさです。
美耶子はハルに促されて、座布団の上に座りました。しばらく待っていると、ハルがお茶を持ってきました。美耶子はそれを少し飲みました。
すると、アキが座敷へ入ってきて、美耶子の目の前に座りました。
「ようこそ、この山の中へいらっしゃいました。アキと申します。お見知り置きください」
アキは、手を畳に置いて、深々と頭を下げました。
「随分とお若い人ね。私が想像してたのと違ったわ」
「そうですか?嬉しゅうございます」
ハルは、美耶子に笑顔を見せました。
「それで、今日はどのようなご相談でしょうか?」
「早速だけど……、これ、受け取ってちょうだい」
美耶子が鞄から袋を取り出し、ハルの目の前に投げ置きました。
「はい?」
「百万円よ。これで私の言うことを、一字一句間違えずに言ってちょうだい」
「それは、どういうことでしょうか?」
「そのままの意味よ。いい?」
「もう少し、詳しく教えてくださいませんか?」
このアキの言葉に、美耶子は素直に答えました。
「あなたたちは知らないでしょうね。こんな辺鄙なところにいるから、テレビとかラジオとか、パソコンもないでしょう?」
「はい。まぁ、やりとりは書面ですしねぇ」
「私、こう見えて女優なの。わかるかしら?女優っていう職業を」
「はい、わかります」
「私には夢があるの。日本を代表する大女優になって、世界を飛び回るの。私の名前を知らない人はいない程に有名になりたいのよ」
「はぁ……」
アキ、美耶子に圧倒されかけています。
「だから、私を有名にしてちょうだい!あなたは、一言で夢を叶えることができると聞いたわ。やってくれるわよね?こんなに大金を渡したんだもの」
「しかし、私はまだ受け取っておりません。それに……」
「それに何よ?」
「これほど美しい方が、私の力を借りるほどとは、何か事情がおありなのではありませんか?ただ有名になりたいのですか?」
美耶子は、下唇を少し噛みました。そして、アキから目を逸らしました。
「私、好きな人がいるの」
「あら?」
「でもその人、彼女がいるのよ。だから私、もっと有名になって彼を振り向かせたいのよ」
「うーん、そうでしたか」
アキは、いつの間にやら置かれていたお茶を一口飲みました。そして、言いました。
「分かりました。有名になりたいのですね?」
「えぇ!言ってくれるのね?」
「はい。その代わりに約束してくださいませ。努力は惜しまないと」
「わ、分かったわ!」
「では、私の目を見てください」
アキは大きく深呼吸をしました。美耶子は、息を飲みました。
「あ!何を言えばいいのでしょう?」
「『美耶子は女優として成功し、高橋真也 という彼氏を手に入れ、幸せの絶頂を迎えます』でいいわ」
「そ、それでよろしいのですか?」
「つべこべ言わないで、早く言ってくれる?私も暇じゃないの!」
「わ、分かりました」
アキはまた大きく深呼吸をして、美耶子の目を見て言いました。
「ここにいる女 の子 美耶子は、女優として成功し、高橋真也という男 の子 を手に入れ、幸せの絶頂を迎えます」
アキが言霊を言うと、すぐに効果が現れ始めました。美耶子の携帯電話に着信が入ったのです。
「もしもし?あ、マネージャー?はいはい、え?連続ドラマの主演に?分かったすぐ向かうわ!」
「どうなさいました?」
「マネージャーから連絡があって、連続ドラマの主演女優が、体調不良で降板になって、急遽私が抜擢されたらしいわ!凄い!こんなに早く効果があらわれるなんて……」
「それはそれは……」
「言い換えれば、逆に怖いわね」
「はい〜、よく言われますぅ」
美耶子は、お礼を言って、足早に去って行きました。アキ達は、手を振って見送りました。
「ご主人、あの女の子はどうなるのでしょうか」
「んー、欲の強い人だったねぇ。身を滅ぼさなければいいけどねぇ」
その時、山の奥から鶯の鳴き声が聞こえました。
「ホケキョー!」
「ホケキョー!」
「さぁお前達、水汲みに行くのを手伝ってください。それが終わったら、お勉強をしますよ」
「はい ハルさま」
「はい ハルさま」
ハルはナツとフユを連れて、獣道を歩いて行きました。
さて、このあとの美耶子はというとーー。
連続ドラマが大ヒットし、瞬く間に国民的な大女優になりました。ハリウッドに渡り成功を収め、世界中を飛び回りました。
そして見事に彼を振り向かせ、彼を手に入れました。
ビッグカップルの誕生!という美耶子の思惑通りにはいきませんでした。残念ながら、美耶子は、スキャンダルの中心人物になりました。
「高橋真也の不倫相手は、女優の美耶子!しかも、高橋は、一般女性と結婚していた!女優の美耶子は悪女!なぜ高橋は、この女を好きになったのか?」という記事で世間を騒がせ、記者会見まで開いたほどです。
彼女は、良い意味でも悪い意味でも有名になりました。
美耶子は、確かに見事に幸せな絶頂を迎えました。しかし、それは一時の幸せに過ぎませんでした。
その女は、雪のように肌が白く、緑に輝くほどの黒髪の持ち主で、一言で言うと『美人』な人です。
空色に似たワンピースを身にまとい、肩に小さな鞄をかけ、紅を差し、目元には色眼鏡をかけています。
「これはこれは
「どうも。あなたが、噂の能力者さんかしら?」
「いいえ、
「こんにちは おねえさま」
「こんにちは おねえさま」
美耶子と呼ばれる女は、饅頭で頬を膨らませているナツとフユの元に顔を近づけて、色眼鏡を外して笑顔を見せました。
「あら、可愛いお嬢ちゃんたちだこと」
「おじょうちゃん?」
「わたしたちは おじょうちゃんではありません」
「あ、ごめんなさい。坊やたちだったかしら」
「ぼうや?」
「わたしたちは ぼうやではありません」
「え?ご、ごめんなさいね。間違えちゃったみたいね」
「いいえ〜」
「いいえ〜」
美耶子は、ハルに促されて家の中に入りました。
昔ながらの家なので、地面と床は離れております。床下から隙間風が入り込んできました。
床に上がり、座敷へ進むと、そこには座布団が一枚だけ置いてありました。殺風景な部屋から望む風景は素晴らしく、山の上から望む海は輝きを放っていました。海から生えている島々がちょうど霞がかっており、それは、得も言われぬ美しさです。
美耶子はハルに促されて、座布団の上に座りました。しばらく待っていると、ハルがお茶を持ってきました。美耶子はそれを少し飲みました。
すると、アキが座敷へ入ってきて、美耶子の目の前に座りました。
「ようこそ、この山の中へいらっしゃいました。アキと申します。お見知り置きください」
アキは、手を畳に置いて、深々と頭を下げました。
「随分とお若い人ね。私が想像してたのと違ったわ」
「そうですか?嬉しゅうございます」
ハルは、美耶子に笑顔を見せました。
「それで、今日はどのようなご相談でしょうか?」
「早速だけど……、これ、受け取ってちょうだい」
美耶子が鞄から袋を取り出し、ハルの目の前に投げ置きました。
「はい?」
「百万円よ。これで私の言うことを、一字一句間違えずに言ってちょうだい」
「それは、どういうことでしょうか?」
「そのままの意味よ。いい?」
「もう少し、詳しく教えてくださいませんか?」
このアキの言葉に、美耶子は素直に答えました。
「あなたたちは知らないでしょうね。こんな辺鄙なところにいるから、テレビとかラジオとか、パソコンもないでしょう?」
「はい。まぁ、やりとりは書面ですしねぇ」
「私、こう見えて女優なの。わかるかしら?女優っていう職業を」
「はい、わかります」
「私には夢があるの。日本を代表する大女優になって、世界を飛び回るの。私の名前を知らない人はいない程に有名になりたいのよ」
「はぁ……」
アキ、美耶子に圧倒されかけています。
「だから、私を有名にしてちょうだい!あなたは、一言で夢を叶えることができると聞いたわ。やってくれるわよね?こんなに大金を渡したんだもの」
「しかし、私はまだ受け取っておりません。それに……」
「それに何よ?」
「これほど美しい方が、私の力を借りるほどとは、何か事情がおありなのではありませんか?ただ有名になりたいのですか?」
美耶子は、下唇を少し噛みました。そして、アキから目を逸らしました。
「私、好きな人がいるの」
「あら?」
「でもその人、彼女がいるのよ。だから私、もっと有名になって彼を振り向かせたいのよ」
「うーん、そうでしたか」
アキは、いつの間にやら置かれていたお茶を一口飲みました。そして、言いました。
「分かりました。有名になりたいのですね?」
「えぇ!言ってくれるのね?」
「はい。その代わりに約束してくださいませ。努力は惜しまないと」
「わ、分かったわ!」
「では、私の目を見てください」
アキは大きく深呼吸をしました。美耶子は、息を飲みました。
「あ!何を言えばいいのでしょう?」
「『美耶子は女優として成功し、
「そ、それでよろしいのですか?」
「つべこべ言わないで、早く言ってくれる?私も暇じゃないの!」
「わ、分かりました」
アキはまた大きく深呼吸をして、美耶子の目を見て言いました。
「ここにいる
アキが言霊を言うと、すぐに効果が現れ始めました。美耶子の携帯電話に着信が入ったのです。
「もしもし?あ、マネージャー?はいはい、え?連続ドラマの主演に?分かったすぐ向かうわ!」
「どうなさいました?」
「マネージャーから連絡があって、連続ドラマの主演女優が、体調不良で降板になって、急遽私が抜擢されたらしいわ!凄い!こんなに早く効果があらわれるなんて……」
「それはそれは……」
「言い換えれば、逆に怖いわね」
「はい〜、よく言われますぅ」
美耶子は、お礼を言って、足早に去って行きました。アキ達は、手を振って見送りました。
「ご主人、あの女の子はどうなるのでしょうか」
「んー、欲の強い人だったねぇ。身を滅ぼさなければいいけどねぇ」
その時、山の奥から鶯の鳴き声が聞こえました。
「ホケキョー!」
「ホケキョー!」
「さぁお前達、水汲みに行くのを手伝ってください。それが終わったら、お勉強をしますよ」
「はい ハルさま」
「はい ハルさま」
ハルはナツとフユを連れて、獣道を歩いて行きました。
さて、このあとの美耶子はというとーー。
連続ドラマが大ヒットし、瞬く間に国民的な大女優になりました。ハリウッドに渡り成功を収め、世界中を飛び回りました。
そして見事に彼を振り向かせ、彼を手に入れました。
ビッグカップルの誕生!という美耶子の思惑通りにはいきませんでした。残念ながら、美耶子は、スキャンダルの中心人物になりました。
「高橋真也の不倫相手は、女優の美耶子!しかも、高橋は、一般女性と結婚していた!女優の美耶子は悪女!なぜ高橋は、この女を好きになったのか?」という記事で世間を騒がせ、記者会見まで開いたほどです。
彼女は、良い意味でも悪い意味でも有名になりました。
美耶子は、確かに見事に幸せな絶頂を迎えました。しかし、それは一時の幸せに過ぎませんでした。