第40話 安倍弥琴という男5

文字数 2,168文字

 与彦と夜彦は立ち上がり、辺りを見回しました。

「あ、アキ殿!どこにいたのだ!さがしたぞ」
「皆が心配しておる!一緒に帰ろうぞ!」

与彦がアキに近づきましたが、アキの周りに貼ってあるお札を見て立ち止まりました。与彦がお札に手を伸ばしたその瞬間、バチッという音と共に与彦の手に電気が走りました。

「むぅ?結界か」
「随分と分厚い結界だの、与彦」
「手練れがおるようだな、夜彦」
「そのようだ。先から、後ろから気配がしておる」

夜彦は後ろを振り返り、安倍に目をやりました。安倍は冷たい目で一連を見ていました。

「中からは出られぬか?」
「ご主人、中から結界を破ってください」

アキは結界から出ようとしましたが出られません。見えない壁があるように、何かを懸命に叩きましたが破れません。アキもお札に触れようとしましたが、与彦と同様に電気が走りました。

「与彦」
「どうした夜彦?」
「あとアキ殿を助ける方法は……」
「……あの『優男』を倒すしかあるまいな」

 夜彦は自分の羽を一枚ちぎり、その羽を持って縦に振ると、その羽は立派な刀に変身しました。
両耳に指を入れた後、刀を握りしめて安倍に向かって構えました。与彦も自分の羽を一枚ちぎって、その羽を持って縦に振りました。するとその羽は立派な十字槍に変身しました。

「ハル殿、我らがあやつと戦う。その間に、なんとかこの結界を破るのじゃ」
「お気をつけください!彼は言霊を使います!」
「む、気をつけようがないが、なんとかやってみる」

 与彦と夜彦は安倍と対峙しました。

「邪魔するんやったら、容赦せぇへんで」
「邪魔?お主もアキ殿の幸せを邪魔しておるぞ」
「どうだか」

 安倍は口元を歪めました。天狗は首を横に振り、改めて安倍に構えました。すると、安倍の目の前に狛犬の二匹が立ちはだかりました。

「待ちや!」
「弥琴は我らの友達や!傷つけたら絶対許さへん!」

 ギンガとギンゴは体を大きく膨らませ、たちまち人の形に変身しました。勇ましい体つきですが、獅子のような顔つきをしています。背中に携えた刀を鞘から抜いたギンガとギンゴ。ギンガは左足を前にして脇構えをとり、ギンゴは左足を前にした諸手上段の構えをしました。

「我の『燕丸(つばめまる)』に勝てるか?」
「我の『八兎(やつと)』の斬れ味、味わいや!」
「……お主たち、構えが隙だらけだな」
「な、なんやと⁈」
「なめんなや!」

 一歩前に出た夜彦に向かって、ギンゴの八兎が襲いかかりました。自分の間合いに入るとすぐに諸手を振り下ろしました。このままでは夜彦は真っ二つになってしまいます。
 ですが、さすがは夜彦。素早く右斜め前に足を動かし、ギンゴの懐に入ったらすぐに持っている刀でギンゴの喉元に剣先を向けました。

「うっ……」
「だから、隙だらけだと言ったであろう」
「……ま、参りました」

 ギンゴは刀を手放しました。刀は真下に落ち、金属音が響き渡りました。
夜彦は刀を解いて、鞘に収めました。
 しょんぼりとした様子のギンゴは、狛犬の姿に戻って安倍の元に走って行きました。

「弥琴〜」
「なんや、もう負けたんかいな」
「ぐすっ、ぐすっ」
「はは……、よう頑張ったわぁ」

 安倍は微笑みながらすすり泣くギンゴを優しく撫でました。

「ぐぅ、ギンゴがやられてもうた。我が仇をうったる!」

 ギンガは落ちている八兎を片手で持ち上げ、もう片方の手には燕丸を持ち上げました。そして夜彦に向かって燕丸を振り下ろしました。夜彦はそれを刀で受け止めましたがギンガの力が強いために夜彦の刀はあっけなく折れてしまいました。
 ギンガは勝機を確信し、八兎を右から左へ振り回しました。間一髪、間合いを切った夜彦ですが、少し羽を切られてしまいました。ギンガは間髪入れずに間合いを詰めていきました。ギンガの威圧に耐えきれなくなった夜彦は、折れた刀でギンガの小手を狙いましたが、ギンガはそれを読んでおり、八兎で夜彦の刀を打ち落として燕丸で夜彦の肩を切りつけました。

「ぐっ!隙だらけなのに、素早さと力で補っているのか」

 夜彦はすぐさま自分の羽を一枚ちぎって縦に振り、構えました。

「また刀か。負けんで!」

 次は与彦も参戦しました。与彦と夜彦は同時にギンガに立ち向かいましたが、身軽なギンガはそれをうまくかわし、夜彦の背後をとって刀を突き刺しました。剣先は夜彦の腰に入り、腹まで貫かれていました。
崩れ落ちた夜彦はそのまま倒れてしまいました。与彦は空を飛び、猛烈な風を送り込みました。身軽すぎるのが仇となったギンガは軽く吹っ飛ばされてしまいました。同時に、風はかまいたちを発生させ、木々や神社の社などを傷つけました。たくさんの木々やがかまいたちによって切り倒されていくと、ギンガは身をこなして木々を次々と避けました。
 ギンガの動きが鈍くなったのを与彦は見逃しません。持っている槍をとある地面に投げました。その槍は見事にギンガの動きを止めました。なぜなら、ギンガの首の真横に槍が投げられ、地面に仰向けになったギンガを立ち上がれなくしたのです。

「ぐぅ、参りました」

 ギンガは持っている刀を手放しました。与彦が刺さった槍を引き抜くと、ギンガはみるみる狛犬の姿に戻って、ギンゴ同様、安倍の元に駆けていきました。

「弥琴〜」
「よう頑張ったなぁ」
「えぐっ、えぐっ」

ギンガの頭を優しく撫でた安倍は、与彦の前に立ちました。
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