第50話 今日の依頼人~大きな女性編~1

文字数 1,642文字

 ここは、とある山の中。朝から、清らかで刺さるような寒さが漂う日本家屋の庭では、ナツとフユが、走り回っていました。どうやら、何かに追いかけられているようです。

「ほらほらお前たち、早くお逃げなさい」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

白い獣耳を頭から生やしたハルは、縁側に腰かけて盆に置かれた湯呑をもち、湯呑の中にたっぷり入ったお茶をゆっくりとすすりながら、二人の必死の様子を眺めていました。ハルの耳がぴょこぴょこと動きます。
ナツとフユは、必死に走ります。転んでもすぐに起き上がり、両手を使ってでも走っていました。もう半べそをかいています。二人を追いかけるそれは、とても大きな犬でした。毛が長く茶色い。そして、鋭くとがった牙を持っており、口からはよだれがあたりに飛び散っていました。

「わんわんわん!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「わんわんわん!」
「こぉなぁいぃでぇぇぇぇぇ!」
「お前たち、もっと気合を入れて走りなさい」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

ハルは、持っていた湯呑を丁寧に盆に置き、その隣の皿に置いてある金平糖を一つ手に取って、しばらくお日様の光に照らしながら眺め、優しく口に運びました。ほどけるような甘さに、ハルは思わず笑みを浮かべました。お茶の湯気がゆっくりと昇り、優しく揺らめきました。ハルの耳がまた、ぴょこぴょこと動きました。

 そこへ、アキが頭を掻きながらハルのもとへやってきました。身なりはきちんとしていますが、目が半開きで、あくびが止まらないようです。

「おはよぉ」
「おはようございます」
「どうしたのぉ?お仕置き?」
「いいえ、足腰を鍛えるためにやっています。犬に追いかけられれば、二人も走らざるをえませんので」
「おやぁ、大きな犬だなぁ……。犬かぁ……、犬ねぇ……。頭が二つある犬なんて私、生きてこのかた見たことないなぁ」

ハルの獣耳が、またぴょこぴょこと動きました。そしてハルは、その大きな犬に「もうよろしいですよ」と言いました。その声を聞いた犬は、急に二人を追いかけるのをやめると、急に大量の煙を発しました。煙が落ち着いたその先には、頭に葉っぱを乗せたリスが、ちょこんとその場に座っていました。

「おやぁ、小さなリスだねぇ」
「えぇ」

二人の子狐は喘鳴を発しながら、その場に倒れこんでしまいました。汗が滝のように流れ、二人の周りに小さな池ができるほどでした。リスは、頭に乗った葉っぱを振り落とし、急いだ様子で山の中へ消えていきました。ハルは二人の元にゆっくりと歩みました。

「お前たち、少し追いかけられたくらいでこんな始末では、白狐、赤孤になるにはまだまだですね」

自分の呼吸を整え、足腰の回復を待つことしかできない二人は、小さな池の中で溺れそうになっていました。「すこし じゃない」「わたしたち たくさん はしりました」と、ぼそぼそと囁くナツとフユでしたが、その言葉に対してハルは、反応をしませんでした。

ハルは、急に獣耳をぴんと立たせ、獣道に顔を向けました。獣道から足音が聞こえたからです。ハルはナツとフユを抱えて、急ぎ足で家の中に入りました。

「ご主人、お客様です」
「おやぁ、ハルは凄いねぇ」
「えぇ、狐は耳が良いのです」

 その足音の主は、とても体が大きな女性でした。お相撲さんのような体格の彼女は、体を左右に揺らしながら歩き、ふぅふぅと息を切らしていまた。その女性は茶色い暖かそうなコートを身にまとい、黒の長いスカートを身に着けていましたが、残念ながら草木の朝露で少し濡れていました。
アキは笑顔でその女性を迎えました。女性も、アキの笑顔に対して、笑顔で答えました。

「ようこそ、この山の中へいらっしゃいました。アキと申します。どうぞお見知りおきください」
「こ、こんにちは。寒いですねぇ」
「えぇ、とても冬らしい寒さです。どうぞ中へ。部屋は暖かくて心地よいところですから」

アキはその女性を家の中に招き入れ、いつもの座敷へ案内しました。
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