第41話 安倍弥琴という男6

文字数 1,559文字

 与彦と夜彦が、ギンガ、ギンゴと戦っている間、ハルはアキの救出に取りかかりました。人に変化して、結界に向かって大きめの石を投げたり、ハル自ら体当たりをしたり、御札を剥ぎ取ろうとしましたが、結界を破ることはできません。御札を剥ぎ取ろうとした際、前足に火傷を負い、焼け焦げたように黒くなってしまいました。

「ご主人、もうしばらくお待ちください。そこから出して差し上げます」

 一度アキの元から少し離れて座り込みました。そして「そうか」と言ってその身体を力いっぱい立たせて、ふわりと宙返りをしました。そして、その場からいなくなりました。
 そしてしばらくすると、急にアキの目の前にハルが現れました。

「やはり、空気は結界の網目をくぐり抜けることが出来たのですね」

 アキは苦しそうに呼吸するハルを抱きしめました。ハルはその、ややきつい抱擁を快く受け止めました。

「あとは」

 ハルはそう言って、またふわりと宙返りをすると、次は水に変化しました。その水はアキの足元へと落ち、そしてどんどん水かさを増していきました。すぐにアキの膝、腰、胸へと増えていき、とうとう頭をすっぽりと覆ってしまいました。
安倍がハルの様子を苦笑しながら見ていました。
 そしてとうとう、結界は限界を超え、音を立てて砕けました。水は辺りに散り、その水は蒸発していきます。水蒸気は一つに集まり、ハルの姿へと戻っていきました。ハルは自力で立ち上がることができず、その場に崩れ落ちてしまいました。

「ご主人、お怪我は、ありませんか」

 アキは涙を流しながら首を縦に振りました。ハルは目を開けるのも難しくなり、とうとう、動かなくなりました。

 ちょうどその頃、先の戦いに勝敗が決まりました。
 夜彦は血を流して倒れています。与彦が夜彦の元へ駆けつけて声をかけますが、返事はありません。与彦は袂から笹の葉を一枚取り出し、それを嘴に挟んで、器用に音を出しました。その音は空へと響き渡りました。

「これで若衆が駆けつけてくるであろう」

 与彦の前に立った安倍ですが、アキの結界が敗れると、そちらへ振り向き、向かい始めました。

「待て!お主の相手は、この我ぞ!」

 その時、それを遮るように空から、藍の鮮やかな野点傘を広げた、肌の浅黒い若者がゆっくりと降りてきました。
 茜色の着流しを着て、カラリと下駄を鳴らして降りた若者は、髪まで赤く染まっています。

「ツユ殿!」

与彦が若者に声をかけると、ツユと呼ばれた若者は与彦に一礼しました。
安倍は立ち止まり、ツユを見て顔色を変えました。

「こんばんは」

 ツユは野点傘を畳み、それを肩に担ぎました。

「家に戻ればナツとフユが泣いていましたし、家鳴りは二人をあやすので手一杯、家の中はごちゃごちゃで、ヤタロウは家中を飛び回って壁にぶつかって怪我をしました。何かと思いハルの気配を辿ってみれば、またあなたですか」

 ツユは安倍を睨みつけ、睨みつけられた安倍は目を逸らしました。

「ツユ殿、どういう事なのだ」
「狐狩りです。力ある人の子が狐を石に封じ、それを収集するそうです」

 いつの間にか日は沈み、辺りは闇に包まれましまた。ツユは腰にぶら下げた提灯を取り、懐からろうそくを取ってそれに息を吹きかけました。するとろうそくは小さな光を放ちました。火がついたのです。そして提灯に取り付けました。白い蛇腹には、立派な筆文字で『(つゆ)』と書かれています。
 その提灯を上から指でつまみ、少し持ち上げて指を離すと、提灯はふわりと浮かび、ツユを後ろから照らしました。

 そうこうしていると、若衆が上空を飛び回っていました。与彦は「かぁ!」と言うと、数名の若衆がハルと夜彦を担ぎました。アキも連れて行こうとしましたが、アキはツユが心配で、「ここに残る」と言って聞きませんでした。若衆は空へ飛び立ちました。
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