第17話 今日の日常〜ツユ編〜3

文字数 2,457文字

 話が盛り上がったツユとアキ達ですが、さすがに夕暮れとなると集中力が切れてしまいました。

「……するとそこにいた化け猫達は、冷凍マグロを持って……どうしましたご主人?」

ツユがアキに問いかけると、うなだれたアキと、ナツ、フユが顔をあげました。

「いやぁ、自分で言っててなんだけどぉ、疲れちゃった……」
「わたし ねむいよ……」
「わたしも ねむい……」
「ご主人、ナツ、フユ、まだまだですね。化け猫が冷凍マグロで何をするのか気になりませんか?私は気になります!」
「ハル、今日はずいぶんと元気だねぇ」
「当たり前です!ツユが帰ってきて、私は嬉しいのですから」
「ハル、嬉しいことを言ってくれるではありませんか。ですが、もう夕暮れですね。少し話しすぎました。この続きは、また今度にしましょう」

 ツユは襟を正してアキと面と向かいました。

「ご主人、ご主人に渡したいものがあります。お誕生日プレゼントというものです」
「ありがとう」

ツユは懐から何やらを取り出し、アキに渡しました。

「卵?あったかいねぇ」
「八咫烏(やたがらす)です。明日には産まれます。これを育てていただきたいのです」
「えぇ?八咫烏って、神様の使いの、あの八咫烏?」
「えぇそうです」
「そ、育てるって……自信ないよぉ……」
「心配いりません。ご主人ならできますよ」
「ご主人、ここにはナツとフユという野孤の子どもがいます。今更子どもが増えても何ら変わりません。私はこの八咫烏の羽に興味があります!どんな薬の効果があるのか……」
「ハル……、ありがとうツユ。大事に育てるよぉ。」

その時、アキが持っている卵が、小刻みに震えて、殻にヒビが入りました。

「う、うごいたぁ!」
「え?なになに?」
「ナツ きいてなかったの?たまごだよ!」
「たまご?たまごやき?すきだよ」
「ちがうよ!たまごがね、たまごがうまれるよ!」
「たまごがうまれる?」
「ちがうってば!もういいよ!」
「……フユ、おこってる?」
「……おこってないよ」
「なぁんだ、よかったぁ!」

ナツとフユの茶番劇は終わりました。

 アキは卵を冷やさないように布でくるみ、優しく手で包み込みました。

「ど、どうしたらいいのぉ?」
「落ち着いてくださいご主人、とりあえず、柔らかいところに置いて、様子を見ましょう」

ハルは立ち上がり、手ぬぐいを数枚持ってきて居間にあるテーブルに置き、アキは手ぬぐいの上に卵を優しく置きました。卵はさっきより動き、小さかったヒビも、少しずつ大きくなっていきました。

「うわぁ、産まれたらどうしたらいいのぉ?」
「そこのところはハルに言ってあります。いいですねハル?」
「えぇ、お任せください!」
「それでは、また旅に出ますか」
「え?もう行くのぉ?」

 ツユは立ち上がり、玄関へ向かいました。

「えぇ、この世は不思議な事でいっぱいです。我々が元々住む世界よりも、不思議で面白い。私はこの世の『ワールドハンター』として、あらゆる不思議を見たいのです。ご主人やみんなと離れるのは辛いものがありますが、また会える時を楽しみに、旅に出ます」

ツユの演説のような話に、ハルは涙を流して拍手をしました。

「す、素晴らしい!なんと勇気ある狐でしょう!こんな赤狐、見たことありません!感動です!ぐっ、涙が……」
「ハル、嬉しいことを言ってくれますね。あなたも立派な白狐です!あなたとまた離れるのは辛いです。ですが、私は行かねばなりません。どうか、お元気で!」
「はい!その前に、これをお持ちください」

ハルは厨房に行き、白い布袋にありったけの油揚げを入れて玄関まで走り、ツユに持たせました。

「私が作った油揚げです。狐火より劣りますが、私の自信作ですからどうか召し上がってください」
「これはこれは、ありがたく頂戴します」

ハルとツユは、深々と一礼しました。

「それでは、行ってきます」
「ツユ、きっといい旅になるよ。楽しんでね。でも、早めに帰ってきてね」
「はい。ありがたい言霊、頂戴します!」
「ツユ、油揚げ、召し上がってください!」
「はい。後でさっそくいただきます!」
「ツユさま、いってらっしゃい!」
「ツユさま、いってらっしゃい!」
「ナツ、フユ、いい子にしてるんですよ」
「はい!」
「はい!」

 ツユは玄関を出ようとした途中、何かを思い出したように声を出し、ナツを呼びました。ナツはツユの目の前に行き、ツユはナツの匂いをかぐように鼻を近づけ、そして、言いました。

「お前、赤狐になるかもしれませんね」
「へ?」
「まぁ、そのうち分かりますよ」

ツユは玄関を出て、アキ達に一礼し、下駄の音をならしながら歩き出しました。
アキ達は、ツユが見えなくなるまで手を振りました。

「よかったねぇナツ、赤狐になるのかもねぇ」
「ナツ、赤狐は白狐よりも霊力が強いゆえ、より厳しい修行を積まなくてはなりませんよ。できますか?」
「はい!わたし がんばります!」
「ハルさま、わたしも がんばります!」
「よい心意気ですね。では、修行を……その前に、あの卵が気になります!」

ハルはそそくさと居間に行き、それに続いてナツとフユが走って行きました。

「あ、くちばし みえてるよ」
「もうすぐ うまれる?」
「えぇ、もうじきです!楽しみですね。この殻の成分、薬に役立つでしょうか」
「ハル……」
「ん?どうしましたご主人」

 その時、卵が大きく割れ、中から黒い雛が出てきました。三本の足を頑張って動かし、ピーピーと鳴き、口から小さな炎を吐きました。

「おぉ!火を吹きました!これは便利です。炊事の際の火付けがすぐ出来ます」
「火を吹くなんて聞いたことないよぉ。火事にならないように気をつけてほしいなぁ」
「ご安心ください。そこは私が手なずけて差し上げます!」

ハルの目が、いつになく輝いていました。

「すごい!」
「やたがらす すごい!」


 その頃、ツユはーー。

「月がとっても青いから〜、と〜まわりして、行こう〜……。さすがはハル、大変美味しゅうございます」

ハルが作った油揚げを頬張りながら、月の輝く空の下をあてもなく歩くツユなのでしたーー。
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