第23話 今日の依頼人〜女性編2〜

文字数 2,418文字

 獣道から歩いてくるのは女性です。顔を隠すように胸辺りまで伸びた真っ直ぐな髪型に、濃いめの色眼鏡と赤い唇、清潔感あふれる空色のシャツにパンツという、どこか地味な風貌です。

「これはこれは一二三(ひふみ)様、お待ちしておりました」
「あの、お食事中に……その、すみません」

ハルは西瓜の汁でまみれた口周りを手元の手ぬぐいで拭き取り、彼女を部屋に案内しました。
ナツとフユは彼女に挨拶をして、また目の前の西瓜に集中し始めました。

「おいしいねぇ!」
「うん!」

その時、フユの手が止まりました。

「どうしたのフユ?」
「……ねぇ、『やたろう』はどこ?」
「……あれ、さっきまで いっしょに すいか たべてたのに」

二人は頭を傾げましたが、「ま、いっか」と言ってまた西瓜を食べ始めました。


 依頼人の一二三を座敷に案内したハルは、座敷を出て行きました。アキはハルと入れ変わるように座敷に入ってきました。

「ようこそ、この山の中へお越しくださいました。アキと申します。お見知り置きください」
「すみません、お忙しい時に……。まさか、神社の中がこんなところに繋がってるなんて……」
「そうですよねぇ、みなさん驚かれるんですよぉ」

 そんな会話の中、ハルが冷たいお茶をお盆に乗せて、一二三の斜め前に置きました。一二三は一例して、ハルはそれに笑顔で応えました。

「さて、今日はどのようなご相談でしょう?」

一二三は正座をしている足を少し動かしました。

「あの、時間を戻して欲しいんです……」
「時間ですか?」

すると一二三は色眼鏡を外し、顔を隠していた髪の毛を後ろに流しました。

「整形をしたんですけど、失敗してしまって……」
「……おやぁ」

その顔は、目は腫れぼったくなって瞳があまり見えず頬は赤く腫れ上がり、全体が垂れ下がっていました。

「ふふふ……、驚かれるのも無理ありません。まるで化け物みたいですよね」
「あの、なぜこうなったんですか?」

アキの問いに、一二三は素直に答えました。

 子供の頃から可愛い顔ではなかった一二三。目は釣り上がり、団子のような鼻は昔からのコンプレックスだったそうです。
この目つきの悪さのせいでイジメに会い、辛い思いをして生きてきた幼少時代ですが、彼女は『この目が悪いんだ。大人になってお金を貯めて、整形して綺麗になってやる!』と、常々思っていました。
やがて大人になり、地道にお金を貯めて、念願の整形をしたそうです。
最初の整形は大成功しました。ですが人間の欲深さは底なしで、次々と気になるところを整形していった結果、今の顔になってしまった……。ということです。

「最初に整形をした後は、彼氏もできました。本当に彼を愛していましたし、とても幸せでした」
「幸せだったのに、また整形なさったのですか?」
「はい、彼は顎の小さい人が好きだったんです。だから彼に合わせて整形していったんです。でも、彼は『好きな人ができた』と言って私に別れを告げました。でも私、彼を諦めきれなくて、彼に振り向いてほしくて整形を……。お願いです。幸せだった、あの頃に戻して欲しいんです。あの時の幸せが欲しいんです。」

彼女は手をついて頭を下げました。彼女の願いに、アキは「それはできません」と言いました。

「私には、時間を戻すことはできません」
「そんな、あなたは口一つで何でも願いを叶える事が出来るんですよね?」
「はい。でも、時間だけはどうしても無理です」

愕然とする一二三に、アキは近づいて一二三の手を握りました。

「一二三さん、時間は戻りません。こうしている間にも、今の時間は全て過去になります。私達は、今を生きてるんです。過去を生きているわけではありません。だから過去は変えられません。でも、未来は変えられますよ」
「未来は、変えられる?」
「えぇ。私は未来を変えられます。だから、私の目を見てください」

 一二三は、アキの言われた通りにアキの目を真っ直ぐ見つめました。

「ここにいる女の子、一二三は、過去の心の傷が癒され、実り多い未来を歩みます」

アキは腹に力を入れて言いました。そして、握っていた一二三の手に気づきました。

「おやぁ?綺麗なお手手ですねぇ」
「え?」
「白くてすべすべしてて、羨ましいお手手をしてらっしゃいますね」

アキはにっこりと笑顔を浮かべました。それにつられて、一二三も笑います。
一二三の目が、静かに潤んでいたのを、アキは見逃しませんでした。

 その後、一二三は自信を取り戻してアキの元を後にしました。「彼のことは諦めて、前に進みます」と言って、一二三は獣道を歩いて帰りました。

 彼女を見送ったアキに、ハルは言いました。

「親から頂いた顔に自ら手を加えるとは、人間とは不思議な生き物ですね」
「そうだねぇ、人間っていうのは、自分を良く見せたいが為にいろいろやっちゃうんだよねぇ」
「ご主人、彼女は結局、何を求めていたのですか?」
「うーん、『昔の自分』に戻りたかったんだよぉ。『周りの評価』を気にしてねぇ。でも、それは無理だよねぇ」
「……」
「時間は戻らない。過去は書き換えられないけど、未来は白紙だからどうとでもなれる。だから、未来への一歩を踏み出すために背中を押したつもり」
「……それで良いのですか?」
「いいか悪いかなんて、今はわからないよぉ。後ろを振り返って、良かったか悪かったかがわかるよねぇ」

 アキはハルに笑いかけました。ハルは頭を傾げて、澄み切った青空を見つめて呟きました。

「それほど周りの評価が気になりますか?」



 このあとの一二三はというと……。

 元の顔に戻すという彼女の意思の元、整形手術を受けました。
結果は成功し、すっかり元の顔に戻ったそうです。
そして、彼女は勉強をしていろいろな資格を取り、一流企業の内勤として働き始めました。さらに、その会社の同僚と恋仲になり、結果、今は妊娠中だそうです。

 彼女は自ら努力し、自ら幸せを掴みました。そして彼女はこれからも、家族の幸せの為に努力を怠りませんでした。
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