第51話 今日の依頼人~大きな女性編~2

文字数 1,874文字

 山の中にありながらも座敷から見える景色は絶景です。空は青く海が光を放ち、海に浮かぶ島々がとても素敵です。水平性まで見えます。そして何よりも、磯の香りが漂ってくるのです。ですが、女性は不思議に思いました。この日本家屋は、本当に山の中にあるので、海が見えるはずがない。ましてや、磯の香りがここまで香ってくるなんてことがあるのか。と疑問に思ったからです。
女性は、思った疑問をそのままアキにぶつけました。アキは微笑み、「その景色は、あなただけの景色と感覚です」と言いました。女性は目を丸くしました。

 アキは座敷の定位置に座り、改めて畳に手をつき、深々と頭を下げました。その時、ハルが女性のためにお茶と金平糖を持ってきました。

「こんにちは、澄子(すみこ)様」
「こ、こんにちは」

女性が座る左斜め前に盆を置き、ハルは女性に微笑みました。そして出入口の襖のそばに座りました。アキが口を開けました。

「澄子様、今日はどのようなご用件でしょうか」
「はい、あの、友達と『心霊スポット』に行ってから、不可解なことが起こっていて困っているんです」
「おや」
「三か月前に友達と肝試しに行ったんです、友達に案内されて、着いた所は、無縁墓地でした。
一週間後に友達が交通事故に遭いました。同じ日に二人が事故に遭ったんです。命は取り留めましたけど、全治半年の大けがを負うことになりました。一人は背中を、もう一人は首の骨を折りました。」
「おやぁ、それはそれは」
「私も、あれからずっと頭痛がするんです。病院に行ったんですけど、どこにも異常はない、肩こりだと言われました」

アキは穏やかな顔で彼女を見つめ、話を聞きました。ハルは呆れた顔をして、黙って話を聞きました。

「二か月前に私の母が亡くなり、一か月前に兄がうつ病で病院に入院しました。このまま不幸なことばかり起こるのが怖い。どうにかなりませんでしょうか」

澄子は涙を流し、口を手で押さえて肩を震わせました。

「澄子様、その無縁墓地に行ったのは、全部で何人でしたか?」
「確か、五人です」
「その時に、何か見聞きしましたか」
「はい。ザッ、ザッ、という足音が聞こえたり、パキッという小枝が折れる音がしたり、あと、気配がしたんです。誰かに見られている気がしました。でも、みんなは気のせいだと言って笑っていました」
「おやぁ、そうでしたか。ハル、見える?」

襖のそばで黙っていたハルが口を開きました。

「えぇ、澄子様の中に入り込んでいる亡霊がおります。目が十六あるので、おそらく八体の人魂(ひとだま)が混ざり合って、一体の亡霊となっているようですね」
「おやぁ、大きいねぇ」
「無縁墓地で安らかに眠っていたら、見ず知らずの者に墓を踏み荒らされた上に、馬鹿にしたように笑いながら墓を指さす様を見て、亡霊は大変お怒りでいらっしゃいます。亡霊は澄子様の中から出ていかないと申しております。『呪い殺してやる』ともおっしゃっています」
「おやぁ、こまったねぇ」

澄子は悲鳴を上げ、大きな体を小さく畳んで怯えてしまいました。アキは澄子の背中を優しくさすりました。そして、こう言いました。

「澄子様、今すぐ無縁墓地に行き、心の底から謝ってください。もしその時、空から一筋の光が見えたら、許された証拠です。お墓の一つ一つに水を置き、お線香を炊いてくださいね。あと、お墓は全て元に戻すこと。良いですね?」

澄子は泣きながら返事をし、急ぎ足で日本家屋を出ていきました。

 ハルは澄子に出したお茶とお菓子を片付けながら言いました。

「ご主人は優しすぎます」

外を眺めていたアキは、ハルの顔を見て微笑みました。

「あのような罰当たりは放っておくべきです。死をもって詫びをいれるべきですよ」
「うん、でも、『仏様』は許してくださるでしょ?」
「仏はそうですが、神は祟りますよ。そのことは、ゆめゆめお忘れなく」
「はぁい」

アキは立ち上がり、台所から塩を持ってきました。その塩を部屋中に撒いた後、綺麗に掃除をしました。澄子が座っていた座布団は、先ほどまで真っ黒に汚れていましたが、アキが綺麗にしたおかげで、いつもの紺色の座布団に戻りました。

 夕方、アキは八咫烏の八咫朗と、家鳴りのイエナリを呼びました。八咫朗は素直にアキの腕にやってきて、イエナリは天井からアキの肩に降りてきました。

「イエナリ、今日の朝こちらにいらしたあの方を追っておくれ。どうなったのか知りたいよぉ」
「あいよ!任せときな!」
「心強いねイエナリ。ありがとう」

イエナリと八咫朗は元気よく返事をしました。イエナリは八咫朗の背中に乗り、八咫朗は赤く焼けた空へ飛び立っていきました。
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