第33話 今日の依頼人〜歌手編2〜

文字数 1,594文字

 カンセイが歌い終わると、アキとハルはまた拍手をしました。合わせて家鳴りもギシギシと音を立てました。

「これだけ歌がお上手なあなたが、本日はどのようなご相談ですか?」
「あ、あぁ、ほれは……」

彼は茶菓子を頬張り、長くて茶色い髪を触りながら言いました。

「……んぐっ。ゴスペルを極めて、アメリカで成功したいっす。でも……」
「でも?」

 歌が大好きなカンセイは、ゴスペルの聖地であるアメリカに行って有名になりたいそうです。しかしお金がどうしても貯まらずに困っていました。

「どうして貯まらないのですか?」
「それは……俺ん家貧乏で、親父は死んじまってお袋は病院でさ、弟もまだ小学生で今から金がいるんで……。今、借金してんす。いろんなとこから金借りて、それでなんとか暮らしてるっす」
「カンセイさんは今おいくつですか?」
「十九っす。本当は大学に行きたかったけど、こんな感じだから無理で、だから今働いてるけど、やっぱり夢は捨てきれねぇ。だから俺、ビッグになって金返して皆に上手い飯を食わせてやりてぇっす」
「そうですか」
「でも、そんなの無理だよな……」
「そんなことありません。私の目を見てください」

アキはカンセイの目を見つめながら言いました。

「ここにいる男の子カンセイは、これから家族とともに裕福な生活を送ります」

アキは一度瞬きをしながら息をつきました。

「はい、これで大丈夫です」
「え?それだけ?」

その時、カンセイの携帯電話が鳴りました。

「あ、出てもいいっすか?」
「どうぞどうぞ」
「ちーっす!はぃ、そうっす。はぃ、……え?デビューっすか?」

カンセイの顔に笑顔がこぼれました。

「やった!今まで売り込みに行ってもダメだったレコード会社から、『うちで歌わないか』って言われたっす!」
「おやぁ、よかったですねぇ」

カンセイはこの後、何度も何度もお礼を言い、嬉し涙を流しました。

「実は俺、こんなの信じてなかったっす。まさか言葉を言うだけで願いが叶うなんて、神様以外の何者でもないって……。あんた神様だ!神様だよ!」
「そんなぁ、言い過ぎですぅ。あ、帰りに宝くじを買って帰ってくださいねぇ」
「わかった!買ってみるっす!」

 カンセイは鼻歌を歌いながら、軽い足取りで獣道を後にしました。

「ごしゅじん、あのひと おうた うたってた?」
「うん、歌ってたよぉ」
「きれいな おうた だった」
「うん、家鳴りたちも褒めていたねぇ」
「やたろうも あのおうた またききたいね」
「キャー!キュアー!」
「ごしゅじん、やたろうも またききたいって」
「おやぁ、八咫朗、聞きたいのぉ?」
「キュアー!キュアー!」
「ご機嫌だねぇ八咫朗。でも、あの人はもうここには来ないよ」
「なんで?」
「なんで?」
「だって……」

 アキはそれ以上言いませんでした。ハルはカンセイが歩いていった獣道を見つめながら、ずっと黙ったままでした。


 さて、この後のカンセイはというと……。

 帰りにたばこ屋で購入した宝くじが大当たりし、今まで借りていた借金を一気に返済しました。ですが残念な事に、カンセイの母親は、カンセイがアキと面会中に急死してしまいました。とても悲しんだカンセイですが、その日の夜、母親が夢に出てきて『歌声を聴かせておくれ』と言われ、「母親のためにゴスペルで成功する」と心に誓いました。
 デビューは大成功。その勢いは止まらず、夢にまで見たアメリカの地でもデビューが決定しました。アメリカと日本を行き来する激務ながら、カンセイは弟を育て、新しい家庭を得て、家族皆でとても美味しいご飯を食べました。

 しかし、それは長くて続きませんでした。十年後、カンセイは交通事故でなくなりました。

 確かに彼は裕福な生活を送りました。最期まで歌に全力を注いだ人生だったでしょう。取り残された家族に、大きな財産とともに『カンセイの死』という深い傷を残して、彼は逝ってしまいましたーー。
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