第30話 今日の日常〜大相撲編7〜

文字数 1,345文字

 さて、いよいよ決勝戦です。全戦全勝の九千坊と、悲願の初優勝を狙う与彦の対決です。

「クァァァァァァァァー!」
「カァァァァァァァァー!」

 二人は気合を入れました。空気がビリビリと揺れ、木々が怯えてしまいました。

「与彦様、九千坊様、凄まじい気合だ」
「う、梅千代……」
「どうしたのだ松千代?」
「あ、あまりの迫力なものだから……その……、しっこを、漏らしてしまった……」
「げっ!」
「その勢いで腹が痛くて、漏れそうだ……」
「なんと!」

梅千代と竹千代は松千代から少し離れました。

「与彦様に叱られるではないか!」
「早く厠へ行くのだ松千代!」
「なぜ早く厠へ行かなかったのだ!」
「いや、饅頭が美味いので、つい夢中になって……」
「まったく、松千代は相変わらずの食いしん坊……うっ、急に腹が痛くなってきた」
「竹千代……」

小天狗たちは小声で話しながら松千代を立ち上がらせ、三人で厠へと向かいました。松千代が座っていた縁側には、くっきりと『地図』が広げられていました。

 九千坊と与彦は四股を踏みました。足を高々と上げ、勢い良く地面を踏み込みます。
行司の武彦が「待ったなし!」と言うと、二人は体勢を整え、足の指で土を捕まえました。

「はっけよーい……のこったぁ!」

 二人は同時に動き出し、肩と肩を激しくぶつけました。その衝撃は凄まじく、土俵の土が割れるほどです。二人は互いのまわしを持ちました。そしていち早く九千坊が与彦を投げ飛ばしましたが、与彦は翼を広げて空中で止まりました。与彦はすぐさま背後から九千坊のまわしを取り、宙へと舞い上がりました。足掻く九千坊は何とか与彦の手から逃げて土俵の中へと降りました。与彦は上から翼を大きく羽ばたかせて土俵に猛烈な風を送り込みました。九千坊はその風を背中の甲羅で防御して耐えます。風が和らいだ時、九千坊は土を蹴って高く飛び上がりました。与彦の目の前まで上がった九千坊。二人は降りながら互いに張り手で攻め合いました。張り手の一発一発に衝撃波が生まれました。

「なんという技だ」
「我には真似できぬ」
「だが、これは本当に相撲なのか?」

土俵の淵に対峙するように降り立った二人。また前へ攻め、肩と肩をぶつけようとしたその瞬間、与彦が体を変えて九千坊の当たりを凌ぎました。当たりを避けられた九千坊は勢いを自分で止めることができず、そのまま反対側の土俵の外へと足をだしてしまいました。

 取組を見ていた全員が大きな歓声をあげ、大きな大きな拍手を二人に送りました。

「クァァ、負けたばい。ばってん、楽しかったばい(訳……クァァ、負けたよ。でも、楽しかったよ)」
「九千坊様のお力を肌身で感じることができ、とても感激しておりまする。またお手合わせをお願いしたいと存じます」

 二人は固い握手を交わしました。その頃、小天狗たちが厠からもどってきました。

「馬鹿者!終わってしまったではないか!」
「三郎よ、どちらが勝ったのだ?」
「よひこさま ばい(訳…与彦様だよ)」
「なんと!」
「見たかった……」
「松千代がしっこを漏らすから……」
「竹千代こそ、厠に閉じこもっていたではないか!」
「松千代、竹千代、争いはよさな…うっ、腹が痛くなってきた……」
「梅千代……」
「梅千代……」

饅頭の食べ過ぎが祟った小天狗たちでしたーー。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み