第45話 隼突入

文字数 1,345文字

 多連装の高射機関砲が空中のいたるところで炸裂する。雨あられとはこのことだろう。砲撃に遭わなければ幸いで、操縦技術のみで避けられるような代物ではない。左上空で黒い煙が上がった。翼の付け根から炎を上げて友軍機が錐もみで墜ちていく。



 ろくな操縦技術を学ぶ間もなく、精神を鍛える時間すらなく特攻に行かされた学徒だろう。

 彼らに比べ飛行機乗りは選ばれし人間だ。100人いても2人と存在しえない運動能力をもち、肉体的にも精神的にも常人の域を超えている。しかし、彼らは学業の途中でかり出された学生だ。

 乗る機体も個人の専用機ではない。座席やフットバーなども自分用に調整されてはいない。

 なんと哀れな。特攻に来ながら、敵艦に近づくことすら出来ずただ撃ち落とされて死んでいく若者たち。

 友もいただろう。心ひそかに思いを寄せる人もいただろう。恋文のひとつも書いただろうか。恋する人のその手に触れただろうか。父母は泣くだろうに。

 指揮を執る者たちは、火の粉の及ばぬ所にいる。毎夜飲んだくれている上官もいると聞く。




 Gに耐えながら操縦桿(そうじゅうかん)を引き絞った。速度およそ600Km/h、隼はこれをオーバーすれば翼がもぎ取られる恐れがある。足踏桿(あしぶみかん)のベダルを操作しながら隼にブレーキを掛ける。視界の上方から敵空母が降りてくる。

 しまった! 操作が遅すぎたか! 海面が思いの外近くに迫ってきた。250キロ爆弾は、杉浦の操縦技術をも狂わせたか。鳴海は歯を食いしばりながらいっぱいっぱいの操縦桿をさらに引いた。ここまで来て海に突入して死ぬなどまっぴらだ。

 上だ隼! 上昇しろ!
 上昇してくれ隼!
 鳴海は声を張り上げた。

 やがて隼は海面スレスレを這うように水平飛行に移った。海面からおよそ3メートル。高度計の針はマイナスを示して役に立たない。プロペラの風圧で海面に水しぶきが上がり眼前を覆った。

 あと少しだ、もう少しで砲撃から逃れられる距離に近づく。右に左に砲弾の水柱が上がる。隼が右に流れる。と間もなく左に曲がる。スラロームを描きながら、隼は確実に空母に近づいていく。



 隼を正面から射止めるのは難しいはずだ。薄い翼にスリムなボディ。遠くから見れば横棒の真ん中に小さい丸を描いた程度にしか見えないだろう。なるほど、杉浦はこれを狙っていたのか。

 空も海も青かった。ただ、前方で波飛沫をあげながら進む空母だけが、異様な生き物に見えた。砲撃の及ばない距離まで近づいた時、鳴海は風防天蓋を開けた。猛烈な風が操縦席に巻き起こる。

 艦上を逃げ惑う敵兵たち。彼らに恨みはない。戦争などなければ分かり合えたかもしれない若者たち。

 航空眼鏡を外すと風が目に突き刺さる。眉間を絞り狙いを定めるように目を細めた鳴海は無線のスイッチを入れた。

 敵空母のどてっぱらが、眼前いっぱいに広がった。
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