第4話 妻の妊娠

文字数 713文字

 半ば諦めていた子供だったから、妊娠したときの早紀の喜びようは尋常ではなかった。

 名前は二人で色々と考えた。そして、謙虚、誠実、温順などの花言葉を持つすみれと命名した。その名の通り、駄々をこねて困らせるということもさほどなく、素直な子だった。

 そんなある夜のことだった。すみれと二人で入浴しているとき、ふと、ある思いが頭をかすめた。すみれは自分の子ではないのではないか。そんなあり得もしない疑念だ。

 子というのは、どちらかにより似ていることはあっても、片親の要素をまったく引き継がないことはないのではないか。

 バスタブの中でアヒルのおもちゃに話しかけるすみれを見て、面差しが自分にまったく似ていないことにあらためて気がついたのだ。

 そういえば、今日は欠勤者が出て急に呼ばれたなどと、バート先のスーパーの名前をよく口にしていた早紀の様子を思い出した。

 思い返してみれば、服の趣味も変わったような気がした。鳴海が家に帰り着いても、まだ化粧を落としていない時もあった。今日は疲れていると夫婦の営みを拒否することも多くなっていた。

 そうだ。すみれがおじちゃんとよく口にしていた時期があった。単に近所の商店主かもしれないけれど、すみれの実の父親だったのではないか。だとするなら自分はとんだ道化だ。

 小さな雪の塊が斜面を転がりながら大きくなるように、疑念が新たな疑念を呼び、深読みがさらなる深読みを生んだ。



 たまりかねて泌尿器科を受診したのはニ年前だった。そう、十年子が出来なかった原因が自分にあったとしたら……。
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