第44話 でんでらりゅうば
文字数 1,447文字
友軍機のパイロットに左手を挙げる。鳴海の仕草に応えるように、男は右手で握り拳を振り上げた。数日前に初めて会話を交わした青年だった。
海軍の町長崎は、圧倒的に海軍志願者が多いのだという。そんな中、みんなと同じは好かん、と、陸軍を志願した男だった。教えてもらった不思議な指遊びは覚えきれなかった。
でんでらりゅうば でてくるばってん
でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん
こーんこん
出ようとして出られるならば、出て行くけれど、
出ようとしても出られないから、出て行かないよ。
行こうとしても行けないから、行くことはできないから、
行かない、行かない。
戦闘機の狭い操縦席は、まさに、出ん出られんけん 出て来んけん、だな。出た時は五体がバラバラの状態だろう。砕けた頭蓋の上を千切れた足が飛んでも、おかしくはないのだ。
『中尉殿、不思議なことに長崎には大規模な空襲がなかとです。そのうち大きいのがドカンとやってくるんじゃなかとって、母が心配しちょりました。早うアメリカなんぞ、やっつけてきよってって』
一時帰省の折り、特攻に志願したことを、母親には告げなかったそうだ。我が子を特攻で死なせてまで、戦争に勝ちたい母親などいないだろう。
『福岡の大刀洗に向かう汽車に乗ったとき、駅のホームの端っこまで母は追いかけてきよったとです。何も言わなかったけれど、目に涙をいっぱい溜めて。母は気づいていたのかもしれません。今度生まれ変わるなら、戦争のなか時代がよか』
三角兵舎の中で、彼は静かに語った。
一式二型隼は援護支援の戦闘機に感謝と惜別の意味を込めて翼を左右に振った。戦闘機もそれに応えて翼を振る。
高度を下げつつ右に旋回した。右の翼の先に海。左の翼の先に空。鳴海は風防天蓋 を閉めた。
もってくれよ隼。左手でスロットルレバーを絞り、足の間の操縦桿を必死に押さえ、敵艦に目標をセットする。狙うはもちろん空母。その空母は円運動を始めている。隼のもろい機体に注意をはらいながら急降下に入った。
急降下は45度から50度。しかし浮き加減になる隼は、せいぜいが30度ぐらいの緩慢 な降下になる。
鳴海はタブと呼ばれる昇降舵 で機首が下がるように修正しながら、海面めがけて真っ逆さまに最大角度で突っ込んでいった。ガソリンの匂いがぷんと鼻を突く。
ダメだ足りない! 突入角度が緩 い!
これ以上機体を空に晒 しておくわけにはいかない。早く海面に到達しなければ。
海面すれすれを飛び、敵艦の土手っ腹に突入する。これは出撃前から杉浦が考えていた突入方法のようだった。砲門が多く並ぶ横から突入するとは何という豪胆さだろう。
再び機体を戻した隼は背面飛行に入った。空と海がくるりと逆転する。そのまま一度遠ざかる。
操縦桿を引く。頭上の海が徐々に目前に移っていく。機体は落下するように機首を海に向けて突っ込んでいく。スロットルを開き速度が乗ったところで緩める。
体全体に強いGがかかる。視界の大半が海になる。黒々とした煙の塊が空に散り、遅れて音が響いてくる。敵艦からの迎撃が始まった。
海軍の町長崎は、圧倒的に海軍志願者が多いのだという。そんな中、みんなと同じは好かん、と、陸軍を志願した男だった。教えてもらった不思議な指遊びは覚えきれなかった。
でんでらりゅうば でてくるばってん
でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん
こーんこん
出ようとして出られるならば、出て行くけれど、
出ようとしても出られないから、出て行かないよ。
行こうとしても行けないから、行くことはできないから、
行かない、行かない。
戦闘機の狭い操縦席は、まさに、出ん出られんけん 出て来んけん、だな。出た時は五体がバラバラの状態だろう。砕けた頭蓋の上を千切れた足が飛んでも、おかしくはないのだ。
『中尉殿、不思議なことに長崎には大規模な空襲がなかとです。そのうち大きいのがドカンとやってくるんじゃなかとって、母が心配しちょりました。早うアメリカなんぞ、やっつけてきよってって』
一時帰省の折り、特攻に志願したことを、母親には告げなかったそうだ。我が子を特攻で死なせてまで、戦争に勝ちたい母親などいないだろう。
『福岡の大刀洗に向かう汽車に乗ったとき、駅のホームの端っこまで母は追いかけてきよったとです。何も言わなかったけれど、目に涙をいっぱい溜めて。母は気づいていたのかもしれません。今度生まれ変わるなら、戦争のなか時代がよか』
三角兵舎の中で、彼は静かに語った。
一式二型隼は援護支援の戦闘機に感謝と惜別の意味を込めて翼を左右に振った。戦闘機もそれに応えて翼を振る。
高度を下げつつ右に旋回した。右の翼の先に海。左の翼の先に空。鳴海は
もってくれよ隼。左手でスロットルレバーを絞り、足の間の操縦桿を必死に押さえ、敵艦に目標をセットする。狙うはもちろん空母。その空母は円運動を始めている。隼のもろい機体に注意をはらいながら急降下に入った。
急降下は45度から50度。しかし浮き加減になる隼は、せいぜいが30度ぐらいの
鳴海はタブと呼ばれる
ダメだ足りない! 突入角度が
これ以上機体を空に
海面すれすれを飛び、敵艦の土手っ腹に突入する。これは出撃前から杉浦が考えていた突入方法のようだった。砲門が多く並ぶ横から突入するとは何という豪胆さだろう。
再び機体を戻した隼は背面飛行に入った。空と海がくるりと逆転する。そのまま一度遠ざかる。
操縦桿を引く。頭上の海が徐々に目前に移っていく。機体は落下するように機首を海に向けて突っ込んでいく。スロットルを開き速度が乗ったところで緩める。
体全体に強いGがかかる。視界の大半が海になる。黒々とした煙の塊が空に散り、遅れて音が響いてくる。敵艦からの迎撃が始まった。