第27話 形見の品

文字数 727文字

 胸の奥底には、それぞれが言い表せないほどの思いを抱えていただろう。けれど、知覧にくる特攻兵たちは、みな心優しかった。

 己の死を覚悟したゆえなのか、澄んだ川面を吹き渡る風のように、清涼な空気を運んできた。

「先に無線室に行ってんよか?」洗濯物を干す手を止め、中村佐智は横を向いた。
 杉浦中尉が飛び立ってから2時間あまりが過ぎた。順調に飛んでいれば、もう沖縄に到着してもいい頃だった。佐智はずっと時間ばかりを気にしていた。

「もうそげん時間になったと?」肩の辺りで頬を拭った

に、佐智はあごを引くように頷いた。
 出撃した後、担当した特攻兵たちの消息を訪ねるのは常だった。




「あん()はさっちゃんをわっぜ可愛いがっちょった。さっちゃんな鈍かで気が付かんかったかもしれんけど」頬に笑いを浮かべた。

「僕が飛び立ったら渡してくれって、さっちゃんに、あんしから形見ん頼まれもんがあっとじゃ」
「ほんのこて?」佐智は驚きと喜びで目を大きくした。

「みんながあいをくれん、こいが欲しかじゃって()ちょっときに、さっちゃんな、ないも言い出せんかったんやろう? こんふたつは先約があっでって、杉浦どんな(だい)にも渡さんかったんじゃ」

 いただけるのなら何かひとつでもと思ったが、それが言葉となることはなかった。

 何も言わなくとも、これあげるよと差し出してくれる兵士たちも多かったから、それを期待する気持ちもあったのだが、杉浦さんは何も言わなかった。

「さ、あたしがそいをとってくっ間に、行きやんせ。中尉殿はきっと、成功すっやろう」
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