第32話 特攻の意義

文字数 810文字

「ただ忘れないで欲しいのは、特攻は無謀な行為だけれど、われわれ日本民族だからこそできうる行動だということだ。死中に活を求める、という言葉がある。身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ、という言葉もある。
 しかし、滅私奉公の心は、危険を生むことがある。今まさにそうだ。もしも時間が残されているなら、この話もしよう。
 日本には天皇があり神道があり武士道がある。揺るぎないその伝統のうえに異教の仏の教えを受け入れ、キリストさえ受け入れたしなやかな民族だ。しなやかさは強さだ。だからこそ、この戦いに負けたぐらいで誇りを失ってはならない」
「はい」佐智は頷いた。

「我々は亜細亜の雄、日本人として誇りを持って飛び立つ、それだけは覚えておいて欲しい。大和民族を意のままに支配することなど何人(なんびと)たりとも出来ない。
 勝てないと分かっている戦いに、亜細亜でただ一国立ち上がったのが日本だ。その意地を見せるのが僕たちの役割さ、民族の誇りと己の命をかけてね」
「分かりもす」



「ただし、美化してはいけない。佐智さんは、もう理解したね」
「佐智でよかです。佐智と呼んてください」
「あ、そうかわかった。じゃあ佐智。ここに来ている特攻隊員の多くが学徒だ。学業を途中で放棄されられて招集された学生たちだ。軍人である僕たちとは根本的に違う。
 将来の日本のために彼らを殺してはならない。死ぬのは僕たち軍人だけで充分だ。しかし軍部はそれをいとわない。これは作戦としては恥ずべき事だ」温厚な杉浦さんに似合わず憤った声だった。

「はい、確かに皆どん若か。わたしたちみんな、実ん(あにょ)みでじゃと」
「うん。ここに集まった人たちは、ひとりの人間ではなく、もはや一個の爆弾に過ぎないのだ」
「爆弾……」
「それはそれとして、僕が見てきた未来の話をしよう」
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