第10話 病院のベッド

文字数 838文字

「鳴海さん」呼びかける声に目を開けると、白い天井が視界にゆっくりと焦点を結んだ。

 右を見ると並ぶベッドと入院患者の点滴を取り替える看護師の姿が見える。
「大丈夫ですか」左からした声に頭を動かすと、腰をかがめた看護師がこちらを覗き込んでいた。

 三角兵舎じゃないことに鳴海はほっとしたが、そんなことを言っている場合ではないことを思い出してしまった。

「鳴海さん熱が高いですよ」
「ひょっとして、倒れたんですか」
「ええ。すぐに支えが入ったので頭などは打っていないようですが、痛むところはありませんか?」

 鳴海はベッドの中で足を動かし、点滴針の刺さっていない右腕を動かしてみた。
「大丈夫だと思います。それより妻と娘は、助かったんですか」



 鳴海の問いに、看護師はそっと目を伏せ、横を向くように視線を外した。鳴海もそれを目で追った。壁掛け時計は11時を少し過ぎていた。

 点滴の管に手を添えた看護師の口から、答えが出るようすはなかった。良い知らせなら伝えてこない理由はないが、実際、治療の進捗(しんちょく)状況を知らなくても無理はないのだ。

 しかし──だとするなら、知らないと言えば済む話ではないのか。彼女はある程度知っているのではないか。嘘をつくのを避けたのではないか。気が遠のきそうだった。

「妻と娘は助かるんですか」無理を承知でもう一度尋ねた。

「あとで先生がお見えになると思います。これ以上熱が上がるようだったら座薬を入れますね。それと、お昼の食事は用意しませんけど大丈夫ですか? 動けるようだったら一階に食堂がありますし、売店もあります。無理なようだったら、何か買ってきましょうか」

 やはり看護師では(らち)があかないか。ベッドに肘を突き、起き上がろうとした鳴海の肩に看護師が手を添えたが、ひどいめまいに襲われ諦めた。ふぅ、とため息をつき、目を閉じた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み