第38話 天使の梯子

文字数 872文字

「葬儀と告別式は斎場で()り行うことでよろしいですね」葬儀社の男の声に、鳴海は力なく頷いた。
「では明朝の搬送で手配します。ご心労でしょうけれど、わたくしどもも心を込めて、お子様をお送りさせていただきます」

 会社への連絡を忘れていたことを思い出し、鳴海は階下に降りた。待合には午後の診察を受けるひとたちがたくさん座っていた。



 売店近くの公衆電話で会社への報告を終え、正面玄関から外に出た。

 すみれの死を知った後か知る前か、妻はここを通るだろう。しかし、すみれが通ることはない。吸ったタバコは、ひどいめまいを誘った。

 すみれの葬儀をすませ、妻にすみれの死を伝え、後遺症が残らないことを確認できたときには、妻に別れを告げよう。

 3人で暮らしたあの家で、これから2人で暮らしていくことは早紀とて辛いことだろう。それに何より再び子が生まれることはないだろうから、彼女の傷が癒されることもない。もとの赤の他人に戻って、それぞれの人生をやり直そう。

 すみれはなぜか焼き鳥の皮が大好きだった。特にタレが好きで美味しそうに食べた。

 父親に似て酒飲みになるなあ。早紀の両親が笑いながら口にしていた。人の気も知らないとはこのことだ。鳴海のほほえみは頬の筋肉をわずかに動かすだけで終わった。

 すみれに罪はなかった。健気で愛おしい存在だった。しかしそれが苦悩の種であり、時として疎ましく悩ましく狂おしかった。そのすみれが、二人を繋ぎ止めるという役割を果たしていたことに鳴海はあらためて気がついた。



 雲の切れ間から無数の薄日が筋状に差していた。
 見ると幸せになれるという天使の梯子……。

 すみれはやがて、あれを登るのだろうか。遠く空の彼方まで。どうかあの世で幸せになりますように。今度はどうか、生まれる場所、親となる人を間違えないようにと切に願う。
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