第33話 原爆

文字数 1,096文字

「広島と長崎に想像を絶する爆弾が落ちる。戦闘員でもない多くの尊い命が一瞬で失われる。その数は30万人を超えた。それは原子爆弾と呼ばれる悪魔の兵器だ」

「げんし、ばくだん……そいも、見たとですか」
「日本の歴史に残っている。未来から見れば単なる歴史の一ページだ。当事者ではない人間には関係のない過去だ。しかし、それはこれから起こることだ。これから地獄が始まるんだ」とても苦しそうな顔をして空を見上げた。




「広島に投下されたのはウラン型原爆『リトルボーイ』。プルトニウム型原爆『ファットマン』は長崎に投下された。3番目のプルトニウム型原爆は、長崎原爆投下後にマリアナ諸島のテニアン島で組み立てられていた。その名は『東京ジョー』。投下場所は札幌、小倉、東京が検討されていた。京都、横浜、新潟──米国は最大12の原爆を追加投下する計画を立てていた。佐智もきっと終戦の玉音放送を聴く」

「ぎょくおん、ほうそう?」

(ちん)深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ(かんが)ミ──天皇陛下の肉声だ。昭和20年8月15日に戦争は終わる」

「すぐじゃなかと! こん夏に終わっとな」

「そうだよ佐智。しかし、この戦争はもっと早く終わらせるべきだった。せめてあと一年早く終わっていれば、200万人は助かっただろうに」足元の草をむしり、それをふっと吹き飛ばした。こんな風に人の命が散っていくんだ。人は草でも木でもない。ましてや牛や豚でもないのに。

「分かりもす」
 うん。と杉浦さんは力なく頷いた。
「悲しいかな、日本各地を襲った空襲の実態はあまり知られていない。そのひとつ、東京大空襲も教えておこう」
「3月の」
「そう、先月10日の大空襲だ」
「みんなに、忘れらるっとですか」

「いかに原爆の衝撃が大きかったかと言うことになるだろう」杉浦さんはふぅっと息を吐いた。
「米軍は市民を殺すことを目的に東京大空襲を行った。方法は火の壁を作って市民を閉じこめることだった」
「火ん壁に閉じ込められたとな」

「僕は飛行機乗りだからわかるのだけど、夜間の空襲でこれを狙うのは難しいことだろう。だから偶発的かもしれない。けれど、まさに火の壁ができあがった。
 江東区、墨田区、台東区にまたがる40㎢の周囲にナパーム製高性能焼夷弾を投下して、逃げ場を失った何十万人もの人びとの頭上に焼夷弾を雨あられと降らせた」
杉浦さんは右手の指をひらひらとさせて、ゆっくりと降下させた。
「せはひで。グラマンの機銃掃射よりひでことです」
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