第24話 隼離陸

文字数 672文字

 外ではハンカチが振られる。ゆっくりと、あるいは小刻みに。中には盛りを過ぎた桜の小枝を手にする者もいる。

 もんぺ姿の知覧高等女学校の生徒でつくる『なでしこ学徒隊』だ。彼女らは校章の撫子(なでしこ)からその名前を付けたそうだ。

 鳴海は日の丸が描かれた鉢巻きを両手で引き絞った。兵舎を受け持った少女たちの名前が書かれている血染めの日の丸だった。

 彼女たちは小指を切り、(したた)る血で日の丸を描き、めいめい名前を書いた。

 中村佐智。体に似合わずひときわ大きい朱文字が目に入った。それを額に当てぎゅっと締めた。

 整備兵が帽子を回す。隼がゆっくりと風に向かって滑走を始めた。機はゆるゆると滑走路を走る。横一列に並ぶ彼女らの中から、二歩、三歩とつんのめるように、小柄な姿が前に出た。

 佐智だ。左手で口元を押さえ、千切れるほどにハンカチが振られている。鳴海は隼から敬礼をした。



「さよなら!」右手を挙げ、鳴海は微笑んだ。
 そのとき、隼の翼に追いすがるように小さな体が走ってきた。腕を引き寄せ首を傾け走ってくる。
「いけもはん!」隼の翼の横を併走してきた佐智。

「……ダメじゃっ! ……」何事かを叫び続けるが轟音にかき消されて聞こえてこない。
「佐智、危ないぞ! 止まれ! 戻れ!」鳴海は声を張り上げた。

 つまずいて、どうと倒れたその姿を置き去りにするように、滑走路を走る振動が薄れ、やがて伝わってこなくなった。隼は地上を離れたのだ。
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